2017年 03月 21日

歴史の宝庫やねん。大阪。(中之島にてドーナツの穴を喰う)

建築士の定期講習。
3年に1回。
ほんとはやい。もう3年たったのか。前回から。

昨秋、先輩建築士が受講してはって、
他人事みたいに思ってたら、自分も今年度中に受けなあかんかった。
ギリギリのすべりこみセーフ。

一日缶詰で試験まであって、帰りはフラッときた。

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とかいいながら、堂島のあたりを歩いて帰りました。
今日の講習会場の国際会議場グランキューヴから見ると、
やけにビルが建て込んできたきたような気がする。
正面の白いビルは朝日放送。
この中之島周辺は、江戸時代には各藩の蔵屋敷がひしめき合っていた、
のでしょうね。
歩いていると、石碑がところどころに。
福沢諭吉さんとか、五代友厚さんとかのお名前も。
やっぱ歴史の宝庫やねん、大阪。

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ところで、
グランキューヴ2階のカフェ、わりと落ち着いて、よかった。

(文章ださださ御免・・・)


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# by ti-ao | 2017-03-21 21:02 | 大阪・三大城下町日記 | Trackback | Comments(0)
2017年 03月 20日

まるか四角か大阪城~真田丸から大阪城トコトコ-02~

いよいよ大阪城。
すごい人です。

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石垣上の塀の内側。
上下の銃眼(穴)、まると四角と形が違えば材も違う。
下の石をうがったほうは石狭間ishizamaというようです。
控えの支柱が妙にぶっとい(太い)と思ったのですが、
支柱間に板を渡して兵が載り、塀の上から攻撃できるらしいです。
守るために必死の工夫があるのですね。

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今回は天守の写真、ちょっと遠めですが、
天守(博物館)に入るのに行列ができていました。
すごい人気。
海外のお客さんも多かったです。
やはり、日本の城はアピール力がある。

ちなみに着物姿の人たちもちらほら。
歩く後ろ姿で外国の人だとわかります。

「大阪三大城下町トコトコマップ」(大阪府建築士会発行)を持って、
真田丸のあったあたりから大阪城天守まで歩いてみた約3時間、
みんなであれは何?とか言いあいながら歩くのにちょうどよい距離感でした。
(さっと歩けばもっと短時間で歩けるはずです)
4月以降にあらためてこのルートのまち歩きを企画したいと思います。
今回はその試行でもありました。
企画についてはまたお知らせしたいと思います。

ほかにもおもしろいことがいろいろ。
少ししかお話しできず残念。

参加してくださったみなさん、ありがとうございました。
またトコトコしましょう。

(2017年3月18日(土))


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# by ti-ao | 2017-03-20 22:14 | 大阪・三大城下町日記 | Trackback | Comments(0)
2017年 03月 19日

拝む太陽、西か東か上町台地~真田丸から大阪城トコトコ-01~

「大阪三大城下町トコトコマップ」(大阪府建築士会発行)を持って、
真田丸のあったあたりから大阪城天守まで歩いてみました。
真田幸村公や豊臣方のみなさんが移動なさったであろう距離を、
実際に体感してみようという感じです。

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JR環状線玉造駅から歩きはじめて程なく、三光神社。
真田の抜け穴かも?という穴のある有名な神社。
真田丸のドラマが終わっても人は多い。なんかうれしい。
人の途切れた瞬間に写真を。
こうして見るときれいな建物。
昨年のマップ製作の取材以来でした。

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「これって、なに?」
いっしょに歩いたメンバーから声。
鳥居の脇の大きな木のたもとに石の台がある。
気になったので社務所で教えていただきました。
かつてはここで、朝日や皇居を拝んだのだそうです。
(むかしはここから大阪城だけではなく、
生駒山、二上山、葛城山、六甲山も見えたのだとか)
(今はビルだらけです)

それでふと思ったのですが、
ここ三光神社周辺は上町台地の東端なのですね。
ゆえに東に朝日を拝む。
昨夏、ほぼ同じメンバーで歩いた夕陽丘周辺は上町台地の西端。
ゆえに西に夕陽を拝む。
特に四天王寺は西方浄土への入口だといいます。

ところで、ということは、あの抜け穴は真田丸の方に向かっているのかな?

ほんとうに真田丸のあったというあたりは高低差や坂が多い。
歩いていておもしろいです。
そして、必ず、真田丸目当ての他の人たちに出会います。

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カトリックの聖堂前左手には高山右近公の像。
右手には細川ガラシャ様の像。(すぐ近くには細川家屋敷跡と伝わる越中井がある)
ほんとうに何十年ぶりかで訪れました。
異教徒ではありますが、祈りの場はなぜか心落ち着くものですね。
しばし休息、のち、またトコトコ。

(2017年3月18日(土))


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# by ti-ao | 2017-03-19 22:33 | 大阪・三大城下町日記 | Trackback | Comments(0)
2017年 03月 17日

高槻城の今~発掘!二の丸~

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本格的に掘ってます。高槻城二の丸あたり。
堀の形が見えているようですね。
いっそ、このまま堀を残してほしいなぁ。


高槻城については、せめて天守だけは復興してほしいと思っています。
でも、こうして堀が見えてしまえば、もったいないと思ってしまうのも無理からぬこと。


ちなみに、
高槻城の二の丸や本丸はすでに地盤が削られて低くなっていると思われます。
今は周辺と同じような地盤高ですが、
本来(廃城まで)は二の丸や本丸の地盤は周辺よりずっと高かったはずです。


ということは、
発掘しても、二の丸や本丸にあった建築物、構造物の基礎は出てこない。
とっくの昔に土といっしょに持ち去られているのですから。
いや、堀を埋めるのにその土を使ったのなら、物質(木材、石材、瓦、器など)は出てくるかもしれない。
だけど、土の中にあったはずの基礎の跡などは乱されて崩れてしまっているでしょう。


おそらく、
出てくるとすれば、本来の二の丸よりも低い位置にあったもの、
たとえば、堀、石垣、土塁、堀の外側にあった門の基礎などではないかと、
かってに想像しています。


これだけの本格的な発掘調査。
結果をたのしみにしています。


ちなみに今日は恩師の講演会で、ここへおじゃましました。
商工会議所、いい場所に建っていますね。


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# by ti-ao | 2017-03-17 21:33 | 大阪・三大城下町日記 | Trackback | Comments(0)
2017年 03月 16日

ことばはいらない~高槻300歳町家の黒椿~

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先日伺った時、きれいに咲いていました。
そして、あと2週間もすれば、枝垂桜が咲くことでしょう。
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# by ti-ao | 2017-03-16 21:16 | 大阪・三大城下町日記 | Trackback | Comments(0)