マチヤ・テラス通信~高槻の町家を照らす~

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2013年 02月 26日

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by ti-ao | 2013-02-26 23:30 | Trackback | Comments(0)
2011年 04月 30日

伝えたいこと

むずかしいかもしれないが、
ひとつわかりやすいことを言おう。

卑怯なことをするな。

それは自らにマイナスの感情を生む。
くり返せばマイナスをためこんでいく。
自らのよさをころしてしまう。
せっかく、君にはよいところがあるのに。
(なぜ、それをのばそうとしない)

卑怯なことは、案外ひとも見ているか、
気付いているものだ。
あいつは卑怯な奴だ、そう思われる。
自らそう思う。
それはさらに人を卑怯にしていく。

人は弱い。
誰でも、時にはそうなりかけることがある。
しかし、
ひとの中で生きたい、あるいはひとのために立ちたいなら、
正しいことを言いたいなら、
卑怯であってはならない。
今ならまだ、若さがあるうちなら、どちらへも行ける。

君と、そしていつも迷っている私自身へ。
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by ti-ao | 2011-04-30 01:29 | Trackback | Comments(0)
2011年 03月 16日

ぽつり ぽつり のこと

見ていて、つらいけど、
それでも自分はご飯も食べるし、
かぜ引かないようにあったかくもしている。
そうやってテレビの惨状を見ている。


痛みは受けている本人にしか分からない。

他人に起こった事は、
やはり他人事なんですよね。
そうでなくては人は生きていけない。
見ていて、つらいけど。

人はみんな、漏れることなく、
それぞれが、いつかどこかで、
災難とか痛みを受けて、
それと闘っている。

だから、その時時で、
お互いを気遣う、思いやる、
できることだけをする、
それしかできない。
それでいいのかもしれない。

冷静に 冷静に 
感情に引きずられないように。

被災地に思いをはせたり、
実際に現地に入ったり、
いろいろあるでしょうが、
この現状を見て、
自分の足元を見つめ直すこともまた、
必要なことかもしれません。


個人的なことを書いてみると。

便利すぎるもの(必ず通じる携帯、ネット、あるいは電話)
こういうものにいかに慣れすぎていたかを痛感。
いざという時、身内の状況さえわからなかった。
(無事だとはわかったけど、今も連絡は途切れている)

阪神の震災の時、マンションに住んでいて、
例えば、隣の人と無事を確かめ合うこともなかった
(誰が住んでるかもよく知らなかった)とか、
やはり連絡は通じなかったとか、
そういう経験もしていたのに、
また油断していたことを思い知った。

今は状況を見守るしかない。
今行っても超インドアな自分は難民になって、
「地元のお荷物」になる。
知り合いには、神戸の時、強行して現地に入り、
壊れた建物から人を運び出したりした人もいるが、
あれはそうそうできることではない。

医療や救助の人たちがまず入って、
緊急の大変な状況で活動なさった後に、
ようやく壊れたものを片付けたり、
あるいは、壊れかけたものを大丈夫か危険か判断したりする。
あるいは現地から避難してくる人を受け入れるとか。
その段階になれば、私でも少しは役に立つかもしれない。

状況によっては現地に入ることも考えている。
個人的に行く場合もあり得るし、
建築士会や行政からの要請がある場合も考えられる。

もし現地に行かなくても、
地元の建築の耐震性について、さらに真剣に取り組むなど、
ここにいて為すべき事がある。


11日午後から、ぽつりぽつり、考えていること、
とりとめなく書いてみました。

今は手持ちの仕事を完遂することと、
たまっている諸々を片付けること、
です。


あと、キャンドルで夜を過ごしてみようか・・・

3月15日 記
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by ti-ao | 2011-03-16 12:31 | Trackback | Comments(0)