マチヤ・テラス通信~高槻の町家を照らす~

fukei.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:梅田の森(提案)( 3 )


2012年 02月 17日

「梅田の森へ、いらっしゃい」~大阪市・梅田北ヤードについて3~

d0129713_148767.jpg
d0129713_148163.jpg
d0129713_14825100.jpg

 今日はアジアのとある国に住むトラチャンタ8世が
日本の大阪に住むとらごろうのところへあそびにくる日です。
飛行機で関空についたトラチャンタは
船で淀川の河口までくると水上バスにのりこみ
両側に大阪の景色を見ながら淀川をさかのぼります。
はじめてみる街のようすにわくわくしていると
川に立つ大きな塔が見えました。
ここで京都へ行く船にのりかえる人や塔にのぼる人、
橋を渡る人がいましたがトラチャンタは残りました。
水上バスは南へ向きをかえると閘門に入ります。
水がふえて船がもちあがり門が開くと
いっぽんの水路があらわれました。
ところどころに船のりばや舞台があり
両側には木や公園が見え、
いくつかのおもしろい橋をくぐるときには
子供たちが手をふっていました。
やがて目の前にちいさな塔と橋があらわれて、
そのうしろに森が浮かんでいるのが目にはいりました。

 「ここからが梅田の森です。」
塔から聞こえてくるのは歓迎の音楽。
船は塔の船着場を出ると
いくつもの風車に迎えられて水路をすすみます。
森を見ながらしばらくゆくと次の塔がやってきました。
塔にはUFOみたいなものがぶらさがっていて、
そこでは水と緑を街いっぱいにするための
活動をする人たちがはたらいているそうです。
塔の下にはお皿のような形をした船の基地があって
トラチャンタはそこで船をおりました。
船はこの先、大阪の街ふかくすすんでいけるそうです。
お皿の上は広場になっていて、ここを舞台にして
お芝居やコンサートをしていました。
水をわたったむこうには大きな段々の花畑があり、
みんながすわってこの舞台を見ています。
そのむこうには梅田のビルが見えていました。
あっちへ行って買い物や仕事や役所の用事を
する人もたくさんいます。

 トラチャンタは今ようやく「梅田の森」の南の端に入りました。
ちょうど目の前にお茶屋があります。
トラチャンタは和服のようなものを着た
案内の人とあいさつをして、
いくつかある中から気に入ったお店に入りました。
そこにはいろいろな国の人たちがすわって
お茶を飲みながら話をしたり、
インターネットでなにかを調べたりしていました。
トラチャンタもあいている席にすわり
お茶をいただきました。
「ふう。おいしい。」
そこへ和服の人がやってきて
「何カオ役ニ立テマスカ?」と
トラチャンタの国のことばで聞いてくれました。
和服さんはトラチャンタの知りたいことを
親切におしえてくれました。

 しばらく歩くうちトラチャンタは少しにぎやかな
インターナショナル楽市・楽座へやってきました。
そこには木造やテントのようなお店がならんでいて
露店もありました。
いろいろな国の人たちがいろいろなものを売っています。
ここで働いている人たちは店の裏にある住宅に
住んでいるそうです。
おいしそうなにおいのしてくるお店もあります。
トラチャンタは店の外のテーブルでお昼ごはんを食べました。


 「いい天気だな。」
トラチャンタは桜の園にやってきました。
そこへ昔の侍姿の人たちがやってきて花見を始めたかと思うと
トラチャンタにもお酒をすすめてくれました。
実はみんな地元の人たちだということです。
みんなで小舟に乗り、桜のトンネルをしずしずとすすみました。
トラチャンタの上に花びらが舞いおります。
ひらひら。
ひらひら。
ふと、花びらのむこうに緑の屋根の建物が見えました。
池に浮かんで姿を水面に映しています。
池の下のトンネルを抜けると
その緑屋根の建物がありました。
ちょうどドーナツの形でまんなかに穴があります。
そこでは、この森の手入れをしたり、
何百年も森と人とのかかわりを研究している人がいたり、
子供たちが森のことを学んでいたりしました。

 やがてトラチャンタはいちばん奥の森へやってきました。
おおきくてりっぱな木がいっぱいある
ほんとうの森でした。
そこへ、とらごろうがやってきました。
「ぼくたちの森へようこそ。」
ふたりはにっこり笑って手をとりあいました。
「ああ、あの木の上の家は森ができ始めて
百年以上たってからできたものなんだ。
人間たちはあれをとても安く借りて住んでいるのさ。
あれはあれでいいだろうけど、
ぼくたちにはやっぱりこれがいちばんさ。」
とらごろうは森の中でごろんとよこになり、
ゆったりと息を吸いこみました。
すうっ。
トラチャンタもそのとなりにごろんとよこになって、
やはりゆったりと息を吸いこみました。
すうううっ。
ふたりの目には青い青い空が映っていました。
それを、さわさわとゆれる木たちが
ほほえんで見守っていました。

*文中のトラやとらはヒトにおきかえてください。

このものがたりがすべての未来の子供たちに
届くことを切に希っています。
2003年1月吉日

大阪駅北地区国際コンセプトコンペ 要約図書より

2012年2月17日 てるごろう(岩崎 卓宏)
[PR]

by ti-ao | 2012-02-17 14:08 | 梅田の森(提案) | Trackback | Comments(1)
2012年 02月 17日

「梅田の森へ、いらっしゃい」~大阪市・梅田北ヤードについて2~

d0129713_142208.jpg
d0129713_1423919.jpg

配置図と全体立面図。
和紙にアクリル絵の具と水性インクで描きました。
図面というより絵。
今、PC画面で見ても、つんと絵の具の匂いが(笑)
まさに、「都市の森」への思いから、
微熱をもったまま描いた感じです。

大阪に欠けているという緑を、
つくり、それを都市の顔にする機会。
歴史的な局面です。

ビルをつくったりして都市機能を高めるなら、
既存の市街地でやればよいわけです。
空地をわざわざそうする必要はない。

経済至上都市、この疲弊しきった大阪に、
「間」をつくる。
風穴をあけてみる。
活力を得るのに、高密な建て込んだ開発とは
逆の方法もよいのではないか。

関空に着いた人は、高速水上バスで淀川へ。
配置図左上の船着場に着きます。
さらに水路をすすんで北ヤードの森、さらに梅田、大阪駅へ。
さらに大阪ミナミまで船で行けます。
大阪は世界と、空と水で直結しています。
水の都、かつてそう言われたという大阪。
やはり水路、水運を見直してみませんか。

塔がいくつかあります。
これは基部が水上バスの基地になっています。
森と水路と塔と。
外国から来た人にも「大阪やなぁ」とすぐわかるシンボル。

そんな「都市の母胎」。
d0129713_1425733.jpg

鳥瞰イメージ。
手前の柿の種みたいな緑は、JR大阪駅。
駅の屋根を緑化して、段々畑で北ヤードの森とつなぎます。
最近?大阪駅にはでっかい銀色の屋根がかかりましたが・・・
大丈夫、森が熟成するまでの年月を考えれば、
この大屋根もいつか付け替えねばならないでしょう。
その時は屋上緑化しませんか?


ぁ~
私、マチヤ・テラスでしたね。
でも、
町家のことしか考えない、
たかつきのことしか考えない、
わけではありません。

2012年2月17日 てるごろう(岩崎 卓宏)
[PR]

by ti-ao | 2012-02-17 14:05 | 梅田の森(提案) | Trackback | Comments(5)
2012年 02月 17日

「梅田の森へ、いらっしゃい」~大阪市・梅田北ヤードについて1~

d0129713_13552336.jpg
d0129713_13553499.jpg
d0129713_13554429.jpg

このごろよく、「森」にするという向きの報道に接する。
大阪市の北ヤード(JR大阪駅北側の広大な土地)について。

10数年前から、私も梅田の北側は森にするのがよいと思っています。

当時、梅田、JR大阪駅の北側に大きな空き地がありました。
やがて草が生え水たまりができ、
鳥がやってくるようになる様を見て、思いました。
「ここを森にしたらいいなぁ」。
そこには現在、ヨドバシカメラがあります。
若い人は知らないかもしれませんね。

その後2003年に、西となりの北ヤードの将来像について、
国際コンペが行われると知り、
私も参加して提案図書(図面+書類)を提出しました。

私の提案はもちろん、
「梅田に森をつくりましょう」
ということでした。
絵としては、デスラー総統(宇宙戦艦ヤマト)のお城みたいな、
とんがった塔が目に付くかもしれませんが・・・
主眼は、森です。
建物の間を緑で埋めるような消極的な話でなく、
ちゃんと腰をすえて都市の真ん中に森をつくる。
何百年もかけて。

大阪という大都市の中心ゆえ、森が必要だと感じました。
都市の母胎として。
100年先200年先を見すえるならなおさら。

世界の、とりわけアジアの都市としての大阪、
わたしたち市民の、未来の子供たちの、
たいせつな大阪、
その顔となる森。

敷地内には建築は要らない。
ただし、「森をつくる+そだてる+まもる」ための施設は、
中心部に設けます。
また、森を百年単位で育てていく過程で、
森の中でのくらしを体験する施設や、
国際的な楽市・楽座の施設などを、
仮説的な木造でつくることは提案しています。

森の周囲には水路をめぐらせてあり、
北の淀川から水路を引いて北ヤードに到り、
さらに南の中之島~ミナミまで引き、舟運を復活させます。
関空や大阪港から直接舟で淀川を経由して、
梅田に入れるようにするわけです。
そのための玄関口を淀川(中津の北あたり)に設け(でっかい塔がそれ)、
北ヤードの森には、茶室(カフェ)を兼ねた
大阪(関西)の案内所を設けます。

さらに、森の成熟に応じて、将来の森のありようを、
市民投票などみんなの意思で決めてゆける
システムの構築が必要だとも述べています。

2003年の国際コンペでは、
巨大企業がコンビを組んで提出した案が評価されました。
確か、でっかい立派なビルを建てて、
その隙間を緑化するというようなイメージ。
私のように森にするべきだと言っていた人もいたはずですが、
まったく相手にされなかったという気がして、
とても幻滅しました。
行政や財界のほんの一握りのエライひとたちの審査では、
やはりこうなのかと。
では、私のような一市民(当時、私も大阪市民でした)のみなさんなら、
どのような意見を持たれただろうか、
それを知りたいと思ったものです。

最近になって、あそこを森にしようという機運が高まっています。
なんで今ごろ、という不思議な気持ち。

これまでのような、でかいビルをつくっても、
一部の人しかよろこばないし、
大都市の再生にはならないと、
みんなも思っていた、あるいは気付いた、
そして、
そういう市民の、みんなの意志が、
行政や財界の一部の人の意志をしのいで、
オモテに出せるようになってきた、
のだとしたら、うれしいです。

なんとなく・・・
今しかこの話をする時はないという気がして、
筆?をとりました。
また、2003年のコンペ提案当時の絵には、
あえて(タイトル付記以外は)手を加えずに掲出させていただきます。

とても、つもりつもったはなし、ゆえか、
長くなりました。
お付き合い、ありがとうございます。

2012年2月17日 てるごろう(岩崎 卓宏)
[PR]

by ti-ao | 2012-02-17 13:56 | 梅田の森(提案) | Trackback | Comments(0)