マチヤ・テラス通信~高槻の町家を照らす~

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2008年 04月 30日

水の中のれんげ畑

はたはたと 泳ぐ 

底を

とことこと 歩く
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by ti-ao | 2008-04-30 01:22 | 風景カフェ | Trackback | Comments(0)
2008年 04月 29日

ひかり、もしくは、ひかりの箱

夕方 まっすぐ
 
帰ってきて

こころに飛び込んだのは



このひかり

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by ti-ao | 2008-04-29 10:55 | マチヤ☆テラス(活動日記) | Trackback | Comments(0)
2008年 04月 18日

外と内

外・・・窓の形に空を切り取る
内・・・窓の形に光を切り取る

建築家は、この窓に何を見ただろうか。

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ひと月あまり前、ここでまちの風景の活動について、
ちょっと発表させていただきました。
当時、仕事もめちゃんこ忙しくて、当日も殆ど寝てない状況で、
何をしゃべったか、はっきり覚えてない。
(↑おい!)

でも、出番前に撮った、この美しさは覚えてます。
(↑なんでうろうろしてる!)

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(2008年3月2日 大阪医科大学 ヴォーリズ氏設計の建物にて)
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by ti-ao | 2008-04-18 09:02 | たかつきええとこテラス | Trackback | Comments(0)
2008年 04月 15日

通勤・通学・散歩みち

咲き誇り、やがて舞い散る桜。
駈けてくる子供たち。

ただ単に移動するのに、こんなぜいたくなことってあるのかと思ってしまう。

企業が工場の沿道に植えている桜たち。
地域と人への気遣い。
それは時として、風物詩にもなり、人の記憶にも残るだろう。
毎日多くの人が、この下を通い、あるいは、電車から見ている。

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風物詩で思い出した。
このまちで育った青年が、この工場のチョコレートの匂いを歌っていると聞いた。

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確かに、このあたりを歩くと、やさしい匂いがします。
親愛なる槇原クン。



(写真と文の元は、昨春のものです。)
(1・2枚目は家電の、3枚目は製菓の、工場の桜です。)
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by ti-ao | 2008-04-15 03:12 | たかつきええとこテラス | Trackback(1) | Comments(0)
2008年 04月 12日

右近考える~高山右近が高槻城主だったころ~

高山右近太夫長房。
通称、高山右近。
戦乱の世にあって苦悩する若きキリシタン武将・・・
というふうにドラマや小説に登場する。
若い二枚目俳優の指定席のようなキャラクター。

城主の立場を捨てて信仰に生きることを選択、それを貫いた、
その一点をもって語り継がれると言っても過言ではない。
それほど、知名度のわりに逸話は少ないようだ。
いや、むしろ彼が戦国の世に頭角を現したこの高槻では、
彼に関する話は避けられているという気さえしてしまう。
気のせいだろうか。
むしろ、キリスト教の盛んな国で、その名を讃えられているのかもしれない。
私も米国にいるカトリックの知人から右近に関するサイトを紹介された経験がある(苦笑)



不思議な人である。

かつて、高槻城主だったころ、熱心なキリシタンだった彼は、
領内の寺社を焼き討ったと、よく聞く。
誰から聞いた、ということもなく、そういうイメージが彼には付いている。
果たして、そうか。

戦国に、この位置付けの微妙な畿内に武将として立ち、生き抜いた彼には、
やはり高いバランス感覚があったと思う。
そういう人が、無条件に寺社を焼き討つであろうか。
自領の経営にもその感覚は活かされていたに違いないと思う。
確かに、熱心すぎるキリシタン大名のその領内における他宗教の存立の危うさ、
これは想像に難くない。
が、やはり、彼は、相手の反応により、
軟硬使い分けをもって統治に臨んだのではないか、と思う。

昨年、市内のあるお寺のご住職にお話を伺っていた折、
ふと、話が右近に触れた。
歴史上は、そのお寺も彼に焼き討ちにあったと言われている。
そのご住職が、「当寺への焼き討ちはなかったと、個人的には思っている」
とおっしゃって、一瞬、ぽかんとしてしまった。
実にさわやかなお話であった。
以来、ご住職のファンである。

++

当時、畿内の勢力地図は、小勢力が割拠する構図だったと思う。
応仁の乱以降、荒れ果てた京に近く、政情も不安定だったはずの、この地。
隣の茨木と同様、この高槻もまた、領国維持が困難な場処ではなかったか。
にもかかわらず、豊臣秀吉による天下平定まで、彼は、高槻城主(途中、明石へ転封)として生き延びる。
これには並外れた生存能力、判断力やバランス感覚が求められる。


高槻城主。
本来城主であった和田氏との争いの末、
芥川城の高山氏がその座に就いているはずであり、
歴史の表舞台への登場は、いかにも戦国武将らしい。
右近は21歳だったという。
後々、彼が武将らしさから、激しく逸脱してゆくことを思えば、
この荒っぽい登場は少々意外でもある。
彼の父、飛騨守の影響も言われる所以であろうが、
今となっては知る由もない。

荒木村重、明智光秀と、直接の上席に位する有力武将が、
相次いで織田信長に背くなど、きわどい局面が何度もあったはずだが、
彼、高山右近は乗り越えている。

後に、織田家の部将であった柴田氏と羽柴氏が争った際には、羽柴方として参陣。
大将である秀吉の前線不在中、陽動に乗った柴田勢の猛攻に遭うが、
茨木の中川清秀が踏み止まって討ち死にしたのに対し、
彼は撤退して、ここでも、生き延びている。

「信仰か城主(武家としての奉公)か」
究極の選択を迫られるという事態が、少なくとも二度あったと思われるが、
その際には、必ず、「信仰」を選んでいる。
彼の最たる特徴は、ここにある、と思う。

「信仰」を選んだにもかかわらず、彼は一度は城主に復帰を求められ、
二度目には、加賀に客将として迎えられている。
単純に思いを巡らせるなら、彼には人望があり、
それだけの魅力があったということか。

徳川家康による禁教令にも屈することなく、
「信仰」を選んだ彼は、国外に追われ、
遠くマニラの地にて亡くなる。
1614年と言うから、大坂冬の陣の年。
今から400年近い時を経ている。


自家保存の必死、武将の野心、そして、信仰。
彼は常にその間に身を置いていた。
几帳面で潔癖。
頑固で律儀。
そういう性質であったらしい彼が、
選び取り、歩んだ道は歴史に異彩を放つ。

絶妙のバランス感覚と信仰への強固な念。
冷徹な判断力と清廉な人格。
静かで、かつ、果断な生き様。(特に後半生)
どこまでが真心で、どこからが計算なのか、
まったくわからなくなる。
(本人にもわからないかもしれない。)

+++

彼を敬うために建てられた聖堂が今、このまちにあり、
その傍らに彼の像がある。
何かを祈るような、考えるような、そんな姿は、武将の像としては異例であろう。
もはや、ここにおいて彼は武将ではない、
信仰者であり、人、なのであろう。
少し離れた城跡公園にある彼の立姿の像との、その対比が印象的。

彼は、城の縄張り(計画)名人である反面、
茶の道にも深く通じていたとも聞く。

聖堂や茶室において、一人、何を思っていたのだろうか。
彼を見ていると、その思いをお聞きしてみたくなる。

不思議な人だ。

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追記 2010年12月1日
この文は高槻教会の神父さまを訪問するにあたり記したものです。
当日は、この記事とはがきをお届けして、いろいろお話を伺いました。
あれから随分月日が流れました。
マチヤ・テラスは相変わらず、ほのかなあかりを灯し続けています。
ありがとうございます。
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by ti-ao | 2008-04-12 06:06 | 右近くん | Trackback | Comments(0)
2008年 04月 07日

まいる

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神域の、花とひかりと。




(2008年4月6日 大阪・阿倍野神社にて)

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by ti-ao | 2008-04-07 19:54 | 風景カフェ | Trackback | Comments(0)
2008年 04月 07日

桜、その二年後

もう二年前になるのか。

日記を始めたばかりのころ。
仕事で携わったある団地の建て替え。

私は、敷地のその一角にある桜を残したかった。
結果としては、果たせず。

そんな話。


その後、事業は進み、竣工したのが一年前。
伐ってしまった古い桜の代わりに、五本の若い桜を植えました。
私は、新しい桜が、ここで咲くのをどうしても見たかった。
なにせ、去年植えたばかりの、しかも、若くて細い桜、
「今年はまだムリかな」
思いつつも、やはり足を運ぶ。


住民さんがおしゃべりをしている。
「こんにちは」
あいさつして敷地の奥へ入る。

あぁ☆

咲いていた。
花は盛りを過ぎていたが、まだ二割ほどは咲いている。

伐ってしまった、あの桜のあとに咲いている木の下でしばし佇む。
ひらひらと舞い降りてきた花びら。
それを手帳に挟んで立ち上がる。

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桜のほかにも、レンギョウ、ユキヤナギ、ヤマブキ、モクレンなどがよく咲いている。

敷地突端、ポケットパークぽく作ったあたり、
将来のシンボルツリーになるはずのクスノキが少し疲れて見えたのが気がかり。
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あと、
南のユリノキと北のエントランス脇のナツツバキは共に若葉。
また夏に訪れる楽しみができた。
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初めて現地を訪れたのが、震災前。
マスタープラン検討を担当させていただいて、
以来、計画、設計と、一貫して主に携わることができた団地。
十数年ごしのお付き合い。
その間に、私も独立している。

建て替えたあとに戻ってくる住民さん、
特に高齢の方が多いので、
せめて樹木だけでも、以前と同じような場所に同じような樹種を選ぶようにした。
高齢での住環境の変化は喜ばれないと思う。
ほんとに、せめてもの、気持ちです。


わざわざ桜のために?集会所のプランを変更したり、
神社参道に面して建つことから、デザインに神社を拝むイメージをさりげに取り入れたり、
こういうこだわりが、いいのかわるいのか。
確か、二年前にもこんなことを言ったな。
(あまり変わりばえせぬヤツめ(笑))


近くの神社にお参りして、帝塚山を去る。
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by ti-ao | 2008-04-07 19:47 | おしごと | Trackback | Comments(0)
2008年 04月 07日

ゆめのなかで

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さくらの橋を渡る

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by ti-ao | 2008-04-07 19:33 | 風景カフェ | Trackback | Comments(0)