マチヤ・テラス通信~高槻の町家を照らす~

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2010年 01月 27日

マチヤ・テラス?(ご紹介☆2010補足)

マチヤ・テラスの活動全般についての説明は、
カテゴリ「マチヤ・テラス?(ご紹介)」の中の、
記事「マチヤ・テラス?(ご紹介☆2010)」をご覧ください。

ここでは、その補足説明をさせていただきます。



端的に、あえて、一口に言えば、

マチヤ・テラスは笑顔の戦争。



マチに入りマチヤびとと出会う。
初めてのあいさつはちょっと緊張する。
疲れてる時だってある。
元々笑顔は苦手やし。
嘘の笑顔は見抜かれるだろうし。
だけど、こっちから笑顔で語りかける。
でなければ、すべて、なにひとつ、はじまらない。
これまで、この積み重ね。
そして、おそらくは、これからも。

口ではいつも、「ゆっくりと ぼちぼちと」言うてますが、
ほんとはプレッシャーやら焦りやら、かなり感じてます。
だってマチヤはどんどん消えていく。
ほんの一年たてばどうなるかわからない。
ある意味、今は、ぎりぎりの非常時です。

この状況の中で、できるだけはやく、やれることをやる。
状況に応じた形をとる。

時として正論とは異なることを為さねばならないことがある。
逃げずに、何かに取り組もうとする時。
今この時こそと見定めた時。
先を見つめた上で、今は、あえてこれで行くのだ、ということがある。

今の社会には、それを許容できる度量もひろさもなくなってきている。
狭義の正論を振りかざすような人が増えてきている。
そんな気がします。

正論は時として正論ではなくなる。
ひろい目、ながい目で見て、様々な関係性の中で、
自分だけでなく、相手も、まわりも、先も見つめながら、
為すべきことを考えて出した答は、必ずしも一時的局所的正論とは一致しない。

今のマチヤ・テラスが寡兵(少数)で、努めて実戦的であろうとし、
私自身がそのお山の大将をもって任ずることも、まさにそうだと思います。
これが、いつまでもこうであってよいとは、当然思っていない。
個人の能力の限界が活動の限界になり得ることも承知しています。

しかし、過去の経験も踏まえた上で、あえて、
今この時は、これで行くと決心しました。
いずれ、ひろがりを持つ日のために。
(この選択には、眠れぬ夜も緊縮する内腑も伴う)

猶予のない状況下で、
臨機応変、一糸乱れずに動く。
最低限の実績を一刻も早くつくる。
基礎となるものをつくる。
そして、次の展開へとつなげていく。
そのためにはまとまりがいる。
ひろがりを求めるなら、一度、ぎゅっと凝縮するものだ。
やみくもにひろげようとしても、そうはいかぬ。
一見、世の流れに逆行するようでも、今は身を縮め、じっとこらえて進みます。
臨戦態勢で身を固め、シンプルな形で切り抜けたいです。

先に組織をつくるのではなく、
その時その時で、実情にあった形をとりながらすすみます。
そして、その時その状況に自然となじむ形にします。
なんか、ヤドカリみたいですね。
うん、ヤドカリです。

幸いにして、今のコアメンバーは人の気持ちがよくわかる人たちで、
マチヤびととのつながりを、ようやく少しづつ、つくりはじめています。
今はとても微妙な時です。

挙兵は寡兵をもってするのがよいとも聞きます。
よく切れるようでも両刃であったり、
勝手に鞘から抜けてあらぬ方を向く剣があれば、
今の密集一丸の形では、陣内を切り、前に進む勢いを削ぐことにつながります。
多様多彩な人たちにも、しばらくは見守っていただければと思います。
もう少しひろい陣形がとれるようになるまで。

先は長い。
いつかはお力を借りるにふさわしい時が来ます。

虎穴に入る。猫に鈴をつける。
だれかがやらなあかん。
しかも、しんどいだけやなくって、おもろいと思いながら。
どこまでできるものか。わからないけど。


かつては、こういう考えを一切、人に語りませんでした。
しかしそれでは人に伝わらない。心が通わない。
伝えるよう努めることは大切だと今は思います。
確かに、こういう話をするのは、今でも逡巡があります。
でも、折に触れ、活動の実情なども素直にお話ししたいと思います。

応援してくださっているみなさんや、
これを読んでくださっている若いみなさんが、
なにかを感じてくださればいいなと思います。
(反面教師でも構いません)



活動する上での考え方について、
今、大切だと思えることを、いくつかお話します。
(いつも話していることでもありますが)

●(1)
町家はつぶされていきます。
しかし、今から「町家をつぶそう」という持ち主を責めることは、一切しません。
また責めるようなことがあってはならないと考えています。
すでにとっくに、圧倒的に多くの人々が町家を壊しているわけで、
今までがんばって守っていた人が責められるのは、おかしな話です。

古い家を守り伝えることは大変なことです。
手間も暇もお金もかかるし、地震だってこわい。
家をつぶすかどうかは最終的に家の人の事情でお決めになる事。
外部の者はそれを心得なければなりません。
「つぶさないでくれ」と言った時、
その家について、自分が何か責任でも持てるのか、ということです。

私自身はつい最近も含めて、出会った町家の人たちに、
「つぶさないでくれ」と言った事は一度もありません。
ただ、
この家が「まちのたからもの」だという認識をお持ちいただくこと、
それと、
「つぶす以外の選択肢」があり、
つぶす場合でも場所と歴史にふさわしい「イメージ継承の可能性」がある、
こういったことをお示しして、視野を広げていただくお手伝いをしたい。
そして、いっしょに成長すること、共感することを考えています。

その上で、町家のオーナーさんに選択していただく。
そのための裏方としての協力、それがマチヤ・テラスの活動です。

何が何でも町家を残せというのとは立場が違います。
私たちは町家の保存運動家ではありません。

先にも述べましたが、それでなくても町家の維持は大変です。
残せと叫ぶより、あたたかく見守るムードを醸成する方向が望ましいと思います。
その中で何か町家のために協力できる事があればしていくということです。
あくまでもオーナーさんの都合を尊重しながら。
そういう道をさぐっていきます。

残念ながら、過去に取り壊された事例では、
あまりに時間がなく、そこまで至らなかったのですが、
限られた時間の中でそれを実行しようと努めました。
あきらめるつもりはありません。
今やれることを、こつこつとやっていきます。
いつか町家が、仮になくなってしまったとしても、
だれもこれに取り組まなかったという悔いは残したくありません。


●(2)
町家や歴史的なまちなみを、商業、観光の集客の道具にする、 
町家を飲食など商業活動の舞台にする、という動きについて。

まず、町家があって暮らす人がいて、それを大切にする、これが「主」であり、
結果として、そこに人が集まったりすることにつながるなら、これが「従」でしょう。
(この「主」たる目的のために、町家に集客機能等を持たせることは是とします)
私たちはこれです。

だから、集客が「主」であって、その目的のために町家と町家の人を「従」として利用
(活用ということばが好まれるようですが)しようとする発想とは、
一見同じようなことを言っているようでも、根本的に考え方が異なると思っています。


●(3)
様々な動きや思惑がある中で、
いかに市民が自主的に考えて、活動していけるか、これをつらぬけるか。
これも活動をはじめた当初から考えつづけていることです。



あとひとつ。
若いうちは、ここに限ることなく、こだわることなく、
もっとひろく舞台をひろげ、いろんなことをしていれば、それでよいのだと思います。

そして、いつかもう少し、君たちが年を重ねた時、このまちに戻って来るなら、
よろこんで迎えたいと思っています。
そんな日が来るまで、私たちはここでがんばっているつもりです。

なかなか活動に参加できていなくても、まったく気にせず、
今は自分の思うように、心おきなく飛びまわってほしい。

このまちの若い人たちへ。

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この一月は長い文ばかりになりました。
ここからは日常の活動のお話に戻そうと思います。
どうぞよろしくお願いします。

ふと気付くと、
マチヤのさくらも、つぼみが目立ちはじめたようです。
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by ti-ao | 2010-01-27 10:11 | マチヤ・テラス?(ご紹介) | Trackback | Comments(0)
2010年 01月 18日

15年・・・

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あの時、何してたかな。
思い出してみる。

大阪の西の端。
5階建てのマンションの3階に住んでた。

前日は確か振替え休日で、
勤めていた事務所のボスとお施主さん一家とで打合せ。
住宅建て替えの計画をしていて、
「では明日から実施設計に」という話に。
いよいよか・・・
思いながら眠りにつきました。

ごつんごつん

マンションのコンクリートの基礎を、
地底から大きな硬いもので叩き上げてくる感じ。
一気に目覚める。
まったく未知の衝撃。
それが多分、初期のタテ揺れだったのでしょう。

つづけて、
ゆっさゆっさ
ヨコに揺れはじめる。
それが、

ひどく大きな揺れ幅で、異常。

しかも、もうおさまるはず・・・
なのに、
こっちのいつもの感覚を無視して、
揺れはいつまでもつづく。
これも、異常。

わぁ、こわれるかも、
と思った。
何もかもが。
異常やん。

揺れの間に、布団の中で身をまるくする。

それでも
ゆっさゆっさ

信じられへん。

うっすら点けていた照明が消えた。
停電。

あちらこちらで物音。
何かがどこかで動いたり落ちたりしてる、感じ。
ぱりんぱりん割れる音。

それでも揺れつづける。

生まれて始めて感じるオソロシサ。
それが、
あまりのしつこさにハラダチが勝り始める。

部屋の中でもなんか落ちた。
それどころではない。

そんないろんなことがあって、
揺れは、やっとおさまった。

長かった。
しかし、時間にしたら、それほどでもなかったのかな。

たしか、直後は、自分がまわってる感じがしていたように思う。


妙な静けさ。

アンド、というより、ムナサワギ。
異常な沈黙。

明かりがない。
暗い。
何がどうなっているのか。

部屋の中も外も暗かったはずだが、
どうやら家具の位置が少しばらばら動いている。
小さなもの、CDとかは床に散らばっていた。
どうやら、部屋の中は、大したことはなさそうだ。
よくぞ・・・

カーテンを開けて見る。
3階の窓。
すぐ目の前に、大家さんのお屋敷の大屋根がある。

瓦の並びが乱れて、一部は崩れ落ちている。
家の中は大丈夫だろうか。

いったいなにが?

わかるのは、ココが揺れた、ということだけ。
おそらく地震だろう。
異常な。

外で人の声。
管理人さんが住民の誰かと安否を確かめ合っているようだ。
みんな無事だったろうか。

その時、マンションの住民同士付き合いのないことを、
はじめて異常だと感じた。
トナリに住んでいる人さえロクに知らない。
こういうときに大丈夫かと声をかけ合うことさえためらわれる。
そんな生活。

これは、どうにかせなあかん・・・

他の部屋からは割れたものを掃除するような音も聞こえはじめている。
どうやら、ミンナ、無事なのだろう。



かなりたって、ようやく電気が点いた。
まずテレビ。
地震があったらしい、ということしか言ってない。
大阪駅前のビルのガラス(カーテンウォール)が壊れた映像とか。
やはり、大阪が揺れたことは間違いない。
でも、それ以上の情報がない。
まったく目をふさがれている状態。

後に、大阪は神戸に手を差しのべなかった、
ぽいことを言われるようになるが、
その時、大阪もそれなりに渦中にあったと思う。
他所がどうなっているのかが分かり、
対応するまでに時間がかかったのは、
それなりに事情もあったと思う。

次第にテレビに情報が届くようになり、
呆然とするまでには、まだ時間がかかる。


当時住んでいたのは、大阪でもいちばん兵庫寄りのまちだった。
トナリの駅「尼崎」は兵庫県。
JR神戸線は、大阪を出て淀川を渡ってすぐの、この駅「塚本」までで止まり折り返す。
そこから先の神戸方面へは運行できなくなっていた。
JRでこの駅までやって来て、そこからはリュックを背負って歩いて兵庫を目指す。
どれほど多くの人がそうしたろうか。

地元のコンビニやスーパーは、飲食物が空っぽになっていた。
兵庫に届けるためにみんなが買っていくし、
もしかすると、地元の人も怖くて買いに走ったかもしれない。
こんなところにも異常を感じた。

このころ、異常、非日常的なことがあまりに多すぎて、
それでおどろかなくなっていったし、
異常が常という状況になっていたように思う。


神戸の映像を見ながらも、仕事では別の建築のことを考えてる。
違和感。罪悪感。
手元が見えにくい、仕事に集中できない。
社会人としては失格なのかな。
などと思う。


神戸のまち。
被災した住宅の危険度のチェック。
大先輩の建築士に付いてまわる。
仕事で兵庫県下の役所に行く。
ボランティアで地元大学の調査手伝いに行く。
意外かもしれないけど、
そうして出会う神戸の人たちは、
みんな明るかった。
そして、
やさしかった。
それは、しかし、かえって心に痛い。

ちょっとしたきっかけで、崩れてしまう、
それは脆くて危うい笑顔。

つらいとか、かなしいとか、くやしいとか、
ぜんぶ心の底に押し沈めて、
お互いが共有して、
その上で表出させている笑顔、明るさ。
それで励まし合って支え合っている。
そんな感じ。

今思い出しても、
煙ぽい壊れたまちとか
(とにかく煙はいつまでもまちに立ちこめていた)、
学校や役所に暮らしていた人たちとか、
壊れたまちや家でがんばっていた人たちとか、
そのやさしさとか、
笑顔とか、

思い出すと胸が締め付けられる。



仕事に戻ると、
地震の前日に決まった設計の話は流れていた。
状況的に心情的に、それは自然だと感じた。

私の地震についての体験など、取るに足らない。
語るほどのこともないと、ずっと思ってきました。
それでも、知っていることも多少はあるから、
今、思い出しながらお話してみました。


あの地震は、
こんな私の小さな人生にも多少影響したと思います。
地震がなければ気付かなかったこともあるし、
出会わなかった人もいます。

仕事の面では、まさにその年、建築士免許を交付され、
建築士としての出発の年でもありました。

私は構造専門ではなく意匠屋ですが、避けては通れない。
今もちょうど、ある建築の耐震性について考えているところ。
建築士として、どうしていくのか。
これからも自らに問いかけながら、歩いてみます。
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by ti-ao | 2010-01-18 18:08 | 地震のこと | Trackback | Comments(0)
2010年 01月 12日

マチヤ・テラス?(ご紹介☆2010年)

「マチヤ・テラス」

・・・大阪府高槻市、市民による非営利の活動です・・・

「マチヤ・テラス」~「まちのたからもの」を 照らし つなぐ~
・高槻市主催「景観ワークショップ」(2006年+2007年)に参加した市民を中心に活動しています。
・まちの風景、まちなみ、町家など、長い歴史の中で守り継がれてきたものを、
 その背景にある人の暮らしや思いまでを含めて「まちのたからもの」として見つけ出し、
 そして、照らし、共感し、見守ります。
・点在する「まちのたからもの」を、あかり、音、風、そして、人と心でつないでいきます。
・在るものを見て「在る」「いいなぁ」と言うだけでなく、実際にまちに入り、まちの人と会って話します。
 そして、何かできることはないか、いっしょに考えて具体化するよう努めます。
・派手なイベントではなく、小さくて地味でも、まちの人といっしょに活動していきます。
・未来のこどもたちに何を残し伝えるのかをイメージしながら活動します。
・参加者は、職業や立場に関係なく、一市民として参加します。

「たかつき まちや・ねっと」~より具体的に つないでいく~
・まちで出会った一人一人のまちやびと(町家を守る人、愛する人)のお声を聞き、お立場を尊重しながら、
 お付き合いを深め、それがネットワークしていくことをイメージしています。
・町家(古い家)に暮らす上での心配事や疑問、課題など、一人では解決しにくいことにいっしょに取り組み、
 解決への選択肢をご提供するなど、解決に向けて少しでもお力になれればと思います。
例えば→
  ・「マチヤのつどい」共通の関心事の勉強、情報交換、お付き合いの場をつくります。
  ・改修、耐震補強、補修、法的課題、古材さがし、大工さんやデザイナーさがしなど具体的な課題への対応。
  (ゆくゆくは町家に住みたい人、貸したい人の仲介やリフォームなどのご相談にも応じられたらと思います)

非営利でどこまでやれるのか。
まだまだこれからですが、ご協力お願いします。

今の思いなど
・「まちのために」とか「ひとのために」とか「みんなのために」とか、
 いったいそれはだれのため?
 いろんな人がいて、思いも利害も様々やし、つまり、民意は多様です。
 マチヤ・テラスは、まちに入り、出会った「まちやびと」のために少しでもお役に立てて、
 それで自分たちもおもしろかったら、「それでええねん」
 そんな気持ちです。
・主役はまちの人。私たちはまちの裏方のプロを目指します。 
 まずは出会った人のお話をよく聞いて語り合いたいです。
 その上で、お気持ちに寄り添うように活動できたらいいなと思います。
・「みんなでやっている」イメージづくりより、むしろ、ありのまま素直な活動へ。
 リーダーがいて、それを支えていっしょにやってくれる人たちがいて、
 そういう人たちの日々の努力の積み重ねが活動です。
 例えば、活動していないのに声が大きい人がいる(ブログなども含めて)とか、
 日常、黙々とがんばってる人の実質活動にそぐわないことは極力なくし、
 ちゃんと活動してる人たちが活動しやすいシンプルな形をとります。
 「みんなで」というのが好まれる風潮には逆行しているようですが、
 刻一刻変わり続けるまち、減りゆく町家という状況に臨機応変に対応するために、
 虚飾を取り払い、少数でも実質的に動ける形を採るように努めてきました。
 ただし、人によって物事の優先順位は違います。
 他を優先して、こちらに参加できないからといって、責める事は一切ないし、
 そのようなプレッシャーをかけるような状況も避けたいと思っています。
 要は気持ちと心がけだと思います。
・自分がどうしたいかというよりも、相手がどうしてほしいと思っているのか。
 これを感受して、そのためにどうすればよいかを考えて、行動できるようにしたいです。
 対外的にも、内部的にも。
 活動でも、仕事でも、トラブルが起こったケースをよくよく見てみると、
 当事者にこういう気持ちが欠けていたのでは?と思われることが非常に多い気がします。
・自分だけが立てばいい、ではなく、他の人もいっしょに引き立てる、
 それでマチヤ・テラス全体を引き上げる、という心持ちでいたいと思っています。
(別の機会にでも規約に代わるものを掲載したいと思います)

 
・・・活動履歴・・・

マチヤ・テラス
~このまちのたからものさがし~(町家をキャンドルで照らします)
「マチヤ・テラス 2006」 2006.12.25.城北町1丁目
「マチヤ・テラス 2007 夏の陣」 2007.8.3.城北町1丁目
「マチヤ・テラス 2007 冬至」 2007.12.21.城北町1丁目
「マチヤ・テラス 2008 夏」 2008.7.25.城北町1丁目
「マチヤ・テラス 2008 冬至」 2008.12.19.城北町1丁目
「マチヤ・テラス 2009 夏」 2009.7.24.城北町1丁目+2009.7.25.京口町
「マチヤ・テラス 2009 冬至」 2009.12.18.城北町1丁目+2009.12.20.京口町・上本町
・「廃油キャンドル作り」 2008.11.23.+2009.7.11.+7.14.

町家・まちなみ調査
~市民による手づくりの町家・まちなみ調査です☆~

第1期「城下町の面影のまち」編
2008.11.~2009.3.(城北町1丁目、京口町、大手町、上本町の一部 約100軒)
・「マチヤ・テラスまっぷ」+「マチヤ・グラフ」の作成
・中間報告 2008.12.12.~地元自治会(回覧)+高槻市都市政策室
・結果報告 2009.12.15.~地元自治会(回覧)+高槻市都市政策室
       (2009.11.28.マチヤのつどいにて発表)             
(調査範囲の5割強程度は歴史の面影が残っています☆)

第2期「芥川宿・街道のまちなみ」編
2009.11.~(現在継続中~2010.3月末までの予定)(芥川町の一部)
(よろしくおねがいします☆)

マチヤ実測調査
2008.9.21.~(現在継続中)(城北町1丁目)
・活動拠点として使わせていただいている町家の現況図作成 

広報・媒体など
・「マチヤ・テラスはがき+まっぷ」セット配布
・「マチヤ・テラス通信」はがき配布+ブログ公開(このブログです)
・「たかつき ええとこねっとまっぷ」作成、展示
・「右近くん にっき」公開中(右近くんのマチヤ・テラス応援キャラ採用)
・朝日新聞地方版への記事掲載 2008.12.19.+2009.12.24.
 (およそ巨大メディアとは思えないお心遣い、ほんとうにありがとうございました☆)

提案
・「風景カフェ」提案 2007.6.(旧・市大手町会議室の土地利用についての提案)
・「info-egg」提案 2009.2.(阪急高槻市駅高架下空間活用についての提案)
・「未来のたかつき城」提案 2009.4.(「未来城下町絵巻」作成中)

発表・講演など
・「高槻景観フォーラム2008」(高槻市主催) 2008.3.2.活動発表
・「くらしの風景塾」(三田市主催) 2009.3.21.活動発表
・「まちづくり学習会」(吹田市、吹田歴史文化まちづくり協会主催) 2009.6.13.ミニ講演
・「マチヤのつどい」(自主企画) 2009.11.28.主催

連携
・「高槻のええとこブログ」(高槻市都市政策室+市民有志)との連携、協力

ご支援
・NPO法人倉敷町家トラスト:町家調査の手法伝授
 (みなさま、ご親切に迎えてくださり、ありがとうございました☆)
・大阪府登録文化財所有者の会:事務局長さんの「マチヤのつどい」でのご講演
 (遠いところをほんとうにありがとうございました☆)
・大阪府建築士会:2009年度助成金のご提供(ありがとうござます!!)
・高槻市都市政策室:調査対象自治会との仲介(ありがとうございます!)


前回のご紹介から一年が経ってしまいました。
今年もお正月明けに、今の状況を書いてみました。
少し長くなりましたが、読んでくださってありがとうございます。
今年も一歩一歩進みたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。

なお、ご意見やお問合せなど、お気軽にお寄せください。
e-mailの場合は↓まで
fukei2009-e@yahoo.co.jp

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平成22年1月吉日

マチヤ・テラス
町家照五郎(ti-ao)(岩崎卓宏)
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by ti-ao | 2010-01-12 22:27 | マチヤ・テラス?(ご紹介) | Trackback | Comments(1)
2010年 01月 01日

右近くんにっき 2010年お正月

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あけまして おめでとうございます

ことしも よろしく おねがいします



まる




マチヤ・テラス+右近くん
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by ti-ao | 2010-01-01 18:38 | 右近くん | Trackback | Comments(0)
2010年 01月 01日

除夜の鐘を聞きながら

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ゆっくり ことこと

あまざけをつくります

ゆっくり ことこと

ゆっくり



ふるさとは 雪らしい
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by ti-ao | 2010-01-01 00:08 | 風景カフェ | Trackback | Comments(0)