マチヤ・テラス通信~高槻の町家を照らす~

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2010年 07月 26日

七月のマチヤ・カフェ~高槻の町家にて~あとがき

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キャンドルの翌日。
二度目のマチヤ・カフェ。

暑い中、お越しくださってありがとうございました。
ブログで知り合った方も来てくださったり、
(ちょっとしたオフ会?)
初対面なのに、いきなり語り合ったりして、
おもしろかったです。
(こういう時、関西人ていいなって思います)

いきなり派手なことにはなりませんが、
こうしてじわじわ地味にやっていきます。

今回も町家センセイご夫妻とお家のみなさまには、
たいへんお世話になりました。
ありがとうございました。


八月、カフェは暑いからお休みの予定です。
↑根性なし

もしか、やるとしたら、
「マチヤ・ヒルネ」(ご当主ご夫妻発案!)。
町家の離れで、お昼寝。
簾戸から漏れる細い明りの並び。
畳の匂い。
ハーゲンダッツでも食べて、おしゃべりして。
おもむろに横になって。
で、ほんまに寝てしまった人を残して、
みんなでさっさと帰ってしまう。
そういう企画(笑)

ほんまにやる時は、お知らせします♪
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by ti-ao | 2010-07-26 20:58 | 町家情報窓口(マチヤ・カフェ) | Trackback(1) | Comments(6)
2010年 07月 26日

残る月


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町家を照らす
私たちを照らす

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by ti-ao | 2010-07-26 03:15 | マチヤ☆テラス(活動日記) | Trackback | Comments(0)
2010年 07月 26日

マチヤ・テラス 2010 夏~高槻の城下町編2~

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手提げキャンドル、
それを持つお子さんが、
回を重ねる毎に大きくなってる☆
なんか、こういうのも、うれしいかも。


にしても、このごろ暑過ぎ。
当日午後、荷物(空瓶+キャンドル)を町家に運び込んで、
「ちょっと近くまで打合せに行ってきます」
・・・
らら・・・
土間(通り庭)のほどよい薄暗さの中、
くらくら・・・
私は何も言わなかったのですが、
町家センセイが冷たいお茶をすすめてくださり、
「打合せの相手をお待たせしているので」
と言いつつ一杯いただき、
さらに二杯目もいただいて、
ようやく少し落ち着きました。
その後、打合せを無事に済ませ、
町家のオーナーさんたちを訪ねてまわり、
夕刻、キャンドルを灯すことができました。

町家センセイがお医者様でよかったです。
(ありがとうございました)

みなさんもくれぐれも気をつけてくださいね。
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by ti-ao | 2010-07-26 03:10 | マチヤ・テラス♪(実施歴) | Trackback | Comments(0)
2010年 07月 26日

マチヤ・テラス 2010 夏~高槻の城下町(川之町)編~

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この夏も、城下町の町家をキャンドルで照らす。

あまりの暑さに、あかりも少々へばり気味・・・
(冬の写真と見比べると、明らかに)
いい加減なことやってたら、人には何も届かない。

・やはり今回も暮れかかりのタイミングを逃しました!
・キャンドルの巻紙の透過性のばらつき、やはり気になる。
・キャンドルの設置位置と間隔、今回は少し変えてみました。
 →元に戻そう(苦笑)
・キャンドルや空き瓶を運んで来た紙袋、中に仕舞おう!

いろいろあります。
それでも来てくださったみなさん、
気にかけてくださったみなさん、
ありがとうございました。

町家のみなさん、
今回もありがとうございました。

「こんなとこに町家あってんなぁ」
思ってもらえたらいいなと思います。
これからも地道に、さりげなく、
灯していきます。

2010年7月23日 高槻市川之町にて

*企画の事情により事前告知を控えています。
 ご了承ください。
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by ti-ao | 2010-07-26 02:59 | マチヤ・テラス♪(実施歴) | Trackback | Comments(0)
2010年 07月 21日

もっと場所性を大切にした建築+まちなみをつくる人たち(研究会)

先週、地元の建築士会の集まり。
そこで発言したら、この業界にはいろんな人がいるので、
いきなりそういうことを言うとよくないと先輩からお叱り?を受けました。
帰りに、他の先輩が、それは建築士会本会に話す方がよいかもと言ってくださったり。
先輩方、いろいろありがとうございます。
私はバカ正直なアオいヤツかもしれませんね。

そこで。

やってみようかな。

古い町家、歴史的な建築・まちなみだけが大切ではない。
新しいものにもよさはある。
私も今風のデザイン、設計は好きですし、やりたい。
(最近、すっかり町家の人になってますが)

しかし、もう少し、設計やデザインの時に、
まちを、あるいは、私たち自身の仕事への姿勢を、
しっかり見直してみないか?
もう少し、場所性や歴史を考えて設計、デザインできないだろうか?

特に、施主(つまり地域の人)に、そういうこと(地域性や歴史性)を伝えて、
気付いてもらい、それを大切にした設計を提案する。
一部でもよいから取り入れてもらうようにする。
外構、門扉などだけでもよいから・・・
微々たることでも、その積み重ねが、まちの地域性や歴史性、その特性をつくっていくし、
このまちらしさをつくっていくのでなないだろうか。
これは私たち設計者の仕事の大切な部分ではなかろうか。
こういうことをつくり、伝えていくことは、今からでも遅くはないのではないだろうか。

こういうことを語らい、いっしょに考えて、
この先のまちなみをつくっていく。

いろんな考えがあってもよい。
でも、何か共有できるなら、何かつながれるなら、
それが、よりよい個々の建築づくりから、
よりよいまちづくり、景観づくりへと反映されて、
いつか気付いた時、カタチとしてあらわれるのかもしれない。

そんな思いで、語らいたい。
設計事務所、建設業者、住宅メーカー・・・大学、役所・・・
設計、営業、事務、広報・・・
この業界の人たちと。
(まちの歴史をつくっていく!のを支える人たち)

まずは一社一社訪ねて歩き、話をしてみることからはじめてみようか。
とりあえず、高槻、島本から。

上下なし、フラットなつながり。
会社と会社と言うより、はじめは、個と個のつながりでもよい。
まずはネットワークの基礎から。

ふらりと、
もしも本当にあなたのところへ、
麦わらの建築士が現れたら、
どうぞよろしく話を聞いてやってください。
お願いします。

岩崎 卓宏  マチヤ・テラス
         岩崎建築研究所

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(写真は、この春までの「町家・まちなみ調査」芥川宿にて)
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by ti-ao | 2010-07-21 02:54 | おしごと | Trackback | Comments(0)
2010年 07月 16日

「板垣退助伯宿したり」~横山医院町家~高槻町家図鑑

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「板垣伯は昨日午後五時五十五分汽車にて茨木駅に着し
土地の有志者及び自由党員旗を押立てなどして歓迎せる声の中に・・・(中略)・・・
談話会場たる妙徳寺に赴けり・・・(中略)・・・
夫より伯は一時間同寺にて休息し随行の面々と共に八時汽車にて茨木駅を発して
高槻に到り有志者横山新氏(医師)の家に宿したり
今朝は同地にて又談話会に出演し演了の上は直ちに汽車にて出発し
当地に来りて中の島の洗心館に入り明日午前帰京の途に上らん予期なりと聞く・・・(後略)」
と明治25年(1892年)2月14日の朝日新聞にあるという。
と言うことは、板垣退助が、この横山医院町家に泊まったのは、
明治25年2月13日ということになる。

2年ほど前、お知り合いから記事の話をお聞きになったご当主も、
「そういうことがあったのか」とびっくりなさったようです。

板垣退助といえば、
幕末~明治維新の激動期の人で、
自由民権運動の柱石みたいなイメージです。
遊説中に命を狙われて、負傷しながら立ち上がり叫んだ(のか?)
「板垣死すとも自由は死せず」(吾死スルトモ自由ハ死セン)
というフレーズは、子供のころよく聞かされた気がします。
血を流しながら相手に応戦し、そんなん叫ぶ!
コワイわ!
いや、すごいすごすごすぎる。

昔の100円札のおひげの人です。
私が子供のころにはまだ、おじいちゃんおばあちゃんが持っていました。
今の若い人は見たことないかもしれませんね。

ちなみに土佐藩士乾氏の人で、この家は、坂本竜馬の坂本氏とも縁があるようです。
板垣姓を名乗ったのは、甲斐武田の名臣板垣信方の血を引いていることによるとか。

自由党の党首でしたが、首相にはなっていないようです。
(伊藤博文や大隈重信の内閣で内務大臣)
冒頭の記事は、再生した自由党党首時代の遊説のようすを報じたものと思われます。

今、揺れている相撲ですが、「国技館」の名付け親でもあるらしいです。


ちなみに、
記事に出ている横山新さんは、現在のご当主のひいおじいさま。
ちょうど東洋医学から西洋医学への転換期の先駆的なお医者さま。
淀川近くまで、ぱっかぱっかと馬で往診にお出かけになったとか。
馬小屋は、この町家の敷地内に現存しています☆
(おうまさんはいませんが・・・)

囲炉裏をはさんでご当主とこんな話をしていると、
なんだかふしぎな気分になります。
歴史の教科書の人、板垣さんも、ここにお座りになったのかなぁとか。
この家は、時代を超えて、いろんな人と人を結びつけるのですね。


この記事はご当主(町家センセイ)のご了解のもと記しました。
(ありがとうございます)     マチヤ・テラス 岩崎卓宏 記

高槻町家図鑑 
 かわ北03(町家・まちなみ調査時の記号)
名 前:横山医院町家 
生息地:高槻市旧城下町北辺
写 真:2009年7月25日撮影
(他のデータはまた別の機会に!)
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by ti-ao | 2010-07-16 21:21 | 高槻の町家図鑑 | Trackback | Comments(0)
2010年 07月 15日

倉敷の休日~高槻を想う~

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しょ●たんブログに挑戦中か!?
↑更新頻度ね

月曜は倉敷はお休み。
これは元々、倉敷川べりの大原美術館、
その休館日に合わせたって聞いたような・・・
(違うかもしれません)

地元の知人を訪ね、しばしお話。
お忙しいお方で、めったにお目にかかれない。
「倉敷は明治の文明開化以降、紡績などで大きく発展した。
始まりは戦国期あたりか。埋め立て地に入植。
その後、本町あたりの古い農業地主(古禄)と、
倉敷川あたりに入った新しい商売人(新禄)が、
江戸時代後半に勢力争いしたことも」
「40年前の倉敷は川も家も汚かった。
当時の副市長ががんばって条例を作ってから、よくなった。
反対も多かったが、観光資源になると気付いた人がいた」
「歴史系のまちには歴史以外にもうひとつ何かいる。
倉敷には商業が入っている。
つまり、歴史系の商店街による集客」
というようなお話を伺う。

確かに、魅力として何かほしいというのは、
常にまちの課題?です。
今、高槻の旧城下町は概して住宅地で、
残っている町家も殆どが住宅です。
倉敷のように商店街とはいきません。
(これに対して西国街道芥川宿沿いでは商家が多い気がする)
また、高槻でいちばん有名なのは、例えば、高山右近さん。
でも、右近さんには宗教的な経緯があって、
どうも地元の支持が盛り上がらない気がします。

とか、活動を通じて、いつも話しているのですが、
なかなかいい答は見つかりません。
少しづつでも進んで、何かを作っていけたらいいなと思います。
まずはおもしろいポイント(点)をひとつふたつ作ることから・・・
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by ti-ao | 2010-07-15 23:47 | すぃんきょ(くらしきにっき) | Trackback | Comments(0)
2010年 07月 15日

東西洋を問わず~倉敷モダンの粋~

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タイトルは、私の勝手な感想ですが。

そのまちに行くと必ず見入ってしまうものとか、
ありませんか?(笑)
私にとってはこの建築がそれです。

(いやぁ、ええわぁ~)

なんか、ヨーロッパとか、あるいは、アジアのどこかとか、
そういう景にも見えてしまう。
意匠(デザイン)、シャープです。
切れ味抜群です。

(古い木造建築は、国によって構造とかは違っても、
見てると、なんとなく似通った匂いがしませんか?)
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by ti-ao | 2010-07-15 23:24 | すぃんきょ(くらしきにっき) | Trackback | Comments(0)
2010年 07月 15日

こんなにきれいになって~倉敷本町あたり~

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この機会に?倉敷について少し。
(一連の倉敷シリーズは伝聞を、裏付けなしにそのまま書いたりします。ご了承ください)

倉敷川から少しそれて歩く。
本町とか東町。
ちょうど神域の鶴形山に沿うように連なるまちなみ。

このあたりは旧街道で、倉敷川沿いの白壁のまちよりも古いようです。

最近?それが来る度にきれいになっている。
昔は、月曜は倉敷の美観地区あたりはお休みで、
お店とかも閉まっていたと思うけど、
このごろは、このあたりにしゃれたお店が増えて、
そして、月曜でも開いてたりする。

もっと生活の匂いのする雑然とした、
でも、生きているまちだったころがなつかしい気もします。
(今も生きてますが!)

建築(家々)が、こんなにきれいになると気になるのは、
電柱電線と道路の舗装や側溝。
倉敷の人たちのまちなみへの熱意の波は、
そういうものさえ、きれいにつくりかえようとしている。

倉敷のまちは、案外若いようです。
意外ですよね。
またお話します。
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by ti-ao | 2010-07-15 23:07 | すぃんきょ(くらしきにっき) | Trackback | Comments(0)
2010年 07月 11日

半円の虹~六月、倉敷川河畔にて~

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ひと月ほど前、くらしき。

にぶい梅雨色に、
欠けることのない、まったく半円の虹。

空を切り刻むタカイモノがないから、
それが見えたのでしょう。


甍の波、柳の1/f、完全なる虹。
小雨の中を満たされて歩く。
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by ti-ao | 2010-07-11 22:49 | すぃんきょ(くらしきにっき) | Trackback | Comments(0)