マチヤ・テラス通信~高槻の町家を照らす~

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2013年 06月 30日

瓦斯ビルと飛行機/2(追記あり)

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週末の曇り空。

友人と会い、その後、久しぶりに本町を歩く。
ガスビル(大阪ガスのビル)は無事だった。
(あたりまえ、とは言えないモダン建築をめぐる状況)

御堂筋の空に飛行機。
なんかふしぎ。



(追記 2013年7月1日)
 無事だった、と言うのは、
 モダンな名建築もどんどん新しいものに建て替えられていく状況下、
 久しぶりに行って見たら、まだちゃんと残っていた、という意味です。
 友人が、この文を読んで、え?倒壊しそうなの?とか言ったので、
 そういう誤解を生じる表現になっていたかも、ということで、
 ご説明させていただきます。
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by ti-ao | 2013-06-30 12:50 | 今度はそっちですか紀行(大阪) | Trackback | Comments(0)
2013年 06月 24日

六月のマチヤ・カフェ、ご案内

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みなさん、こんにちは。
やっとこさ梅雨らしくなりましたが、お元気でしょうか。

1.さて、横山家住宅の町家センセイよりご案内がありました。
久しぶりのマチヤ・カフェです。

「六月のマチヤ・カフェ」(もしかして3周年?)
●日時:2013年6月29日(土)午後1時30分ごろ~4時ごろ
●場所:横山家住宅(横山医院町家)
     高槻市城北町1丁目
●内容:お店ではなく、語らいの場です。
 町家の静かな空間にて、ゆったりとした時間を体験してみてください。


では、やりにくい天候ですが、みなさん、どうぞお元気で。
また、お目にかかりましょう。
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by ti-ao | 2013-06-24 12:20 | 町家情報窓口(マチヤ・カフェ) | Trackback | Comments(2)
2013年 06月 24日

マチヤ星座図(案)

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「たかつき町家図鑑トコトコ」
ちょこちょこお話していますが、
2008年に始めた「町家・まちなみ調査」結果がほぼまとまりました。
その報告書も兼ねた「たかつき町家図鑑」原案もできています。
内容は公益性があると思われるため、完成時には公開し、行政へもご提供するつもりです。

今現在、高槻に残る町家を明らかに示し、これをまちのたからものとして認識し、
さらに、町家維持(補修、改修、建て替え)に関する公的な助成へとつなげる、
その足がかりになればと考えています。

図鑑そのものというより、その作成を通じて得られる人のつながりこそが重要です。

図鑑の中には、各町家(現在60軒を抽出)の写真が含まれるため、
一軒一軒、トコトコ訪ね歩いて、写真掲載のご了解を得ようとしています。
(すでにご賛同くださったみなさん、ありがとうございます)
その様子を見てみたい、あるいは、やってみたいという方がいらっしゃれば、お知らせください。
また、掲載にご賛同くださった町家から、順次、このブログでもご紹介しています。
ペースはゆっくりですが、こちらもご覧ください。


画像はマチヤ星座図(案)。
星のひとつひとつが、町家、まちのたからもの、
な、イメージ図です。
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by ti-ao | 2013-06-24 12:14 | 高槻の町家図鑑 | Trackback | Comments(0)
2013年 06月 22日

マチヤ図鑑トコトコ 2/60

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「町家図鑑」
調査記号:かわ西04
旧城下町の町家。

明治時代の建築。
一部改修されているが、趣きはよく残る。
屋根は入母屋造、通りに面する間口が広い。
また、主屋の北側に塀付の門を持つ。
かつては酒屋で、大きな商家の名残が感じられる。

この町家について特筆すべきは、その立地ではないかと思う。

城下町の北西出隅には、かつて芥川口の門があった。
門から北西500m程度で西国街道芥川宿に到る。
旧城下町の外郭は、屈曲し、この方向に突出しており、
まるで鳥の頭のように見える。
ちょうど宿場町と城下町が引き合っているよう。
そして、ここを毎日多くの人々が通り抜ける。
今も昔も。

城下町のこの北西端の要所、
その曲がり角の突き当たり、とても目立つ場処に、
この町家は建っている。
おそらくは、とても商売に向いている。

かつて、この家には、前栽に立派な松の木があり、
松が生きているうちは家はつぶさない、
自分も生きると、おじいさんはおっしゃっていた。
数年経った今、おじいさんも松もすでになく、
とてもさびしい。

しかし、跡を継がれた方たちも、この家を、
生きた町家として存続させるお気持ちが強いご様子で、
今後、高槻における町家再生のよい先例となることが期待される。

なお余談だが、ここの別棟、現在、カフェになっている建屋は、
改修なさるにあたって、本当に多少ではあったが、
お手伝いさせていただいた経緯がある。
隣の町家主屋になじむ形態でカフェとして再生されたことは、
とてもよろこばしい。
立地の妙、それを活かしたオーナーさんの力量に感服します。
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by ti-ao | 2013-06-22 23:44 | 高槻の町家図鑑 | Trackback | Comments(0)
2013年 06月 13日

堂島あたりトコトコ

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あれから三年・・・くらい?
またしてもやってきた建築士の定期講習。
250名ほど、ほぼおっさんぎっしぎしで、
朝の9時30分から夕方5時30分までびっしり。
仕上に試験のおまけ付き。
もう、ごちそうさま。

風邪は治ったけど、どうも本調子でない。
問題の文字がかすむし、マークシートの粒が見えん!
ちゃんと塗りつぶせてるんか!?
な、状況でした。

殆ど大部分の建築士はまじめにこつこつ仕事してる。
ほんのごく一部に悪さするヤツがおるから、
みんな、エライ目してる。
まぁ、これも修行の道と思おう。

教会をわざわざ見に遠回り、
続いて、朝日新聞ビルを見て歩く。
新しい社屋が向かいにできたかと思ったら、
さっそく旧社屋は撤去のご様子。
仮囲いしてる・・・
本気やな・・・

18歳の新聞奨学生のころから、
何かとご縁のあるビル。
近年も、マチヤ・テラスの取材等でお世話になった。
またひとつ、大阪の美しい建築がなくなる。
(今までありがとう)

終業後のオフィス街、人の流れは速い。
激流を逸れて、ビルの谷間へ。
一瞬、風にあおられて、ふわっとする。
やがて、おなじみの場所へ。
そう言えば、はじめてここへ来たのは、
前回の定期講習の後だったなぁ。
講習後に立ち寄るのが吉例になる。

MUSICA。
T-SANに先日のアドバイスの御礼。
他のまちでがんばってはる人のお話を聞く。
のち、しばし、休息。
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by ti-ao | 2013-06-13 04:56 | 今度はそっちですか紀行(大阪) | Trackback | Comments(0)
2013年 06月 13日

祈るのも忘れてた

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by ti-ao | 2013-06-13 04:54 | 風景カフェ | Trackback | Comments(0)
2013年 06月 05日

マチヤ図鑑トコトコ 1/60

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昨夜、お話した町家図鑑原案の行脚(?)、
さっそくはじめました。

まずは、おなじみの町家。
快くご同意くださいました。
そして、図鑑原案にコメントもいただきました。
これを、たとえば、ご朱印帖みたいにできればいいな。
そうすると、町家母数も八十八か所のほうがいいかもな。

そして、昨日、言い忘れた気がしますが、
このデータは私が後生大事に抱え込む気はなく、
然るべき時に、地元行政(府市)に無償で献上するつもりです。

ともあれ、今日、一軒目からスタート。
マチヤ図鑑トコトコ 1/60。

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「町家図鑑」
調査記号:かわ北03
旧城下町川之町の町家。

主屋は享保(江戸中期)建築。
隠居棟は明治初期に増築。

江戸時代は城下町、北大手門前の郷宿であり、
摂津国の行政庁である高槻城を訪れた役人が宿泊した。
維新後、明治25年には板垣退助伯も宿泊。

2階の白漆喰の顔と1階の黒い格子の対比や、
簡素な主屋と数奇屋風の洒落た隠居との、
その取り合いの妙がきわだっている。
古い中にもモダンな印象がある、ふしぎな意匠センス。
私たち建築オタをわくわくさせるナゾに包まれている。
昨夏、そのナゾの解を得るために探求、
小屋裏から、城下町へと調べまわり、
ようやく一応の解は得た。
(それはまた後日)

とても美しい町家。
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by ti-ao | 2013-06-05 22:23 | 高槻の町家図鑑 | Trackback | Comments(0)
2013年 06月 05日

高槻の「町家図鑑」、そのためのトコトコ

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やっと基幹部分ができつつある。
町家図鑑。
はじめに作ろうと思って以来、
一体、何年かかってるんだ~

現在は、
旧城下町と西国街道芥川宿の、
目抜き通りの町家たち60軒について、
これら一軒一軒の分析データと写真、
60軒を通して(他の町との比較からも)
見えた高槻町家の特徴について、
などを、
とりあえず「町家図鑑」原案としてまとめました。

2008年秋から2年ほどかけて、
マチヤ・テラスのみんなで、まちを歩いて
「町家・まちなみ調査(1期+2期)」した時、
あのころはたのしかった。
みんないっしょやったし。
倉敷町家トラストの町家調査にも参加して学んだりもした。

でも、調査後、町家一軒一軒について分析して、
それを調査票に記入して、さらにデータ入力、
そして、不明点があれば何回でも見に行く、
写真も古くなれば撮り直しに行く。
こういう作業は、より長くかかったし、
しかも、完全に一人きりの作業。
時に息が詰まる。

ヤツは一人で抱え込んで、独占してしまっていると、
残念に思う人もいたかもしれない。

人がいて手分けできることもあるけど、
基本的に、この作業は、ある程度の知識とセンスがある者によって、
同じ一人の視点でひと通りまとめる必要があると思っていました。
その基幹部分が出来上がれば、
それを複数の視点で見直したり、追加、修正したり、
それはあってよいことだと思う。
そのある程度のセンスや能力が、私にあるかどうか、
それはともかく、
当時、高槻の町家に、こうして、
真っ向から取り組もうとした建築士は他に知らなかった。
結果、すごい年数がかかったけど、ようやく出来つつあります。


しかし、課題はここから。
「町家図鑑」に載せたい町家、これらは個人の所有物です。
勝手に載せるわけにもいくまい・・・(!)

以前、調査の中間報告を兼ねた冊子を発行した際には、
対象となったお家を一軒一軒訪ねて配ってまわった。
これを町家トコトコと呼んでいました。

でも、年数を重ねるうち、私自身が疲れてしまっていたようです。
それに、妙な焦りもあった。
これは誰に頼まれたわけでもなく、収入があるわけもなく、
長い消耗戦みたいな感じだったので。
だから、今回こそ、またトコトコするべきだとわかっているのに、
なかなかその気になれなかった。

だけど、先週、町家センセイとお話して、
また、先日、ムジカのT-SANに打ち明けたりして、
次第に勇気?が出てきました。
人生の大先輩に、そっと背中を押された感じ。
(ありがとうございました)


ということで、
また、町家トコトコを再開します。
今度は、かつての調査の集大成(のはずの)
「町家図鑑」、その叩き台を持って。

このまちの町家、つまり、城下町、宿場町の記憶を、
なんとか残し伝え、のちのまちに役立てていけるよう、
そのために町家を一軒一軒、記録に留めること。
これに町家のみなさんが賛同してくださることを切に願いつつ。

今、図鑑原案に載せている町家は60軒。
このうち、何軒かが掲載を望まれない場合も出てくると思います。
かつてのトコトコを通じて、町家のみなさんとは結構お話もしている。
だけど、お目にかかれなかった方もまた多い。
たとえ、この原案から削除する家が多く出たとしても、
さらに町家のみなさんとのつながりも得られるはず。
そう思って、取り組みます。
マチヤ・テラスらしく。

手伝ってやろうという人がいれば、ぜひ手をあげてください。
待っています。
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by ti-ao | 2013-06-05 01:51 | 高槻の町家図鑑 | Trackback | Comments(0)