マチヤ・テラス通信~高槻の町家を照らす~

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2013年 08月 28日

カンポウシャゲキ~岩手県釜石市~夏の言い忘れ

艦砲射撃を知っていますか?
今夜はその話をします。

2年前、私が見た釜石の海は青くてきれいだった。
4月の半ばは大阪の冬みたいに寒かったけど、
高台から見た海の記憶は、明るくてきらきら。
あの海にはもう、他国の軍艦も、津波も、いらない。


2011年4月。東北の地震と津波のちょうど1か月後。
友だちと二人で岩手県釜石市へ行き、
建築物の危険度判定に準ずる作業に参加しました。
この作業に関わるのは神戸の時以来。
友だちの車で行って帰るまで八日間ほど。
内陸部の遠野市にある体育館で寝袋に眠り、
朝、友だちの車で沿岸部の釜石市まで移動、
判定作業で5、6件回って、夕方、また遠野に戻る。
毎日この繰り返し。
初日は現地建築士と一緒に行動しましたが、
2日目からは住宅地図を渡され、自分で先方に連絡を取って活動。
私たちが担当したのは、住宅だけではなく、
学校や公共施設、オフィスビル、店舗兼用住宅、倉庫など、
用途も規模も、それに立地も様々、
構造についても、木造、鉄骨造、鉄筋コンクリート造と一通りありました。

その中で妙に気になったことがありました。
2階建て木造家屋で、1階を店舗利用しており、
店舗内でじゃまになったらしい柱を取り払ってしまい、
その上部の梁を鉄板で挟み込んで、
柱のスパンが飛んでしまったのを補おうとしている事例。
市街地の商業地において、何件か見かけました。

現地ではゆっくりお話もできなかったので、
帰阪後に釜石建築士会の親分にお電話した際に、
「お国にはよくある手法ですか?」とおたずねしました。
予想していた店舗改修のための荒業、というよりも、むしろ、
「艦砲射撃の後の補修かもしれない」とのお答え。
「艦砲射撃?!」
「はい」
「あの、軍艦が陸地に向かって砲弾撃ち込む、あれですか?」
「そうです。釜石は2度やられています。
 鉄工所がありましたから、狙われたのでしょう」

ええええええええっ!

ということは、
わが国の本土のすぐ目の前まで、のこのこと戦艦や巡洋艦が押し寄せて、
その砲をもって、直接、国土を撃ってきた、ということです。
幕末動乱期ならまだしも、昭和の太平洋戦争で、
そんなことがあったとは知りませんでした。

空襲はひどかった、国中のあちこちがやられたとは知っていた。
(実際にはどの程度知っていると言えるのだろう・・・)
空襲は、機動部隊の空母艦載機が少し離れたところから攻撃してくる、
もしくは、占領した島の陸上基地から長距離爆撃機を飛ばしてくる、
だからまだ国土からは多少の距離感があります。
でも、まさか、直接本土に艦砲射撃してきたとは。
戦艦の主砲の射程なんて知れてるでしょう。
何㎞?
そんな近くまで、戦艦が来る。
見えてたんちゃうか?港から。
通常、こちらの攻撃機をおそれて、そうそう近海までは寄せられない。
その迎撃の戦力さえ皆無だったということでしょう。
ほんとにびっくりした。
なにすんねん、米軍!

それを教えられてだいぶん経つ。
調べてみると、確かに釜石市サイトなどにも書かれています。
ここではいくつかのサイトや知人からの伝聞をそのまま記します。
裏付けは行っていませんのでご了承ください。

1回目は昭和20年7月14日。これが本州初の艦砲射撃だったようです。
本州初と言うことは、本州以外ではすでにあったのでしょうか。
沖縄あたり、あるいは他にも?
(調べてから書かないのか?!)
2回目は同年8月9日。長崎の原爆の日に、東北では艦砲射撃、
米軍もなかなか手が込んでいます。
本土を守る力もすでにほとんどなかったから、
やりたい放題やられてる感じ。
これで二度の「核兵器=原爆」使用が本当に必要だったのか。
戦艦が直接本土に砲弾を撃ち込めるような
(すでにまともな戦力のない)相手に対して。

二度の艦砲射撃とも、時刻は昼の時間帯、ちょうど計ったように2時間、
いや、計っていたはずで、まさしく計画的な軍事行動、
2,500発とか2,700発とか大量、口径も様々。
でも、軍事行動と言いながら、なぜか市街地を焼け野原にしたらしい。
製鉄所だけ攻撃するのが軍事行動ではないのか。
ご丁寧に戦闘機の機銃掃射もあったと言う。

特に2回目は、山側から海側へ砲撃位置を移していき、
人々を海際の平地にあぶりだすようにして攻撃したとも。
機銃掃射は、ここ、高槻でもあったと、聞いたことがあります。
まるで暇つぶしのように、一般の市民を空から追い回して銃撃する。
ほんまに。なにすんねん。

かくして、日本は戦争に負けて、占領されたわけですが、
米軍はやはり占領軍であって、
今もその感覚が、かの国や軍隊には確固として残っているのではないか。
そんな相手の軍事行動(訓練含む)に、
ルールを守ってくれとか、まともな理屈が通じるわけがない、
(日本政府も当然わかっている、)
という気がします。
ある意味、占領はまだ続いている。
それが露骨ではないところが巧妙で、難しい。
基地周辺の人々の苦痛は問題だと思います。
本当の意味での占領の終結は、いつのことになるのでしょうか。

ちょうど今、零戦を設計した人の映画をやっていたり、
それでなくても、元々敗戦の8月は戦争の話が多い。
それと、釜石シープラザという、駅に併設された複合商業施設に、
東京の人気店舗が出店した、地元中学生の活動に応じて、
という報道にも接しました。
それで今ごろ、この8月中にお話しする気になりました。

そのシープラザという施設はまさしく、
危険度判定の日々、朝夕の打合せと報告に立ち寄っていたところ。
当時は復興の拠点施設になっていました。
エントランスを入ると、おびただしい安否確認情報の紙が貼り出されていました。
1枚1枚が重い意味を持っている、その間を通り抜けて、
毎日、建築士会のブースへ通ったものでした。
(ヘルメットとか腕章とかへの、人の目がなんか痛い気がした)
切実な相談や情報入手のために訪れた人々で一杯だった。
もちろん、店舗はやってなかった。
(電車も動いてなかったし、地階は支援物資倉庫だった)
もう、そこにそういう光景はなくなったようです。
渋谷の109出店でにぎわったり。
でも、それで震災が終わったわけではない。
自分のまちで新たな生活に入れない人が、
いったい、どれだけ多くいてはるのか。
よく東北の人は「もう忘れられたのだろうか?」と、
そうおっしゃると聞きます。

私たち関西人は(少なくとも私の知る限りは)、
神戸の時、中央のメディアが、
例えば、三宮駅前が一見きれいになったのを映して、
もうすっかり震災は終わったかのようなことを言うのを聞いて、
あるいは、1月17日前後以外は、すっかり忘れてしまったかのような態度であることに、
とても違和感を感じていました。
だから、多分、そうそう簡単には忘れないと思います。
なかなか日常的に関わることはできていないのですが、
日々の仕事や生活の中で、常に意識はしています。

建築士の世界?でも多少は反省があったのか、
昨年から、ある程度の強い地震があった場合、
建築士は所定の場所に召集されることになりました。
私自身も地域のサブリーダーのお役目をお受けしました。
これまでのように、自分の判断で現地に連絡を取り、
現地入りしてお手伝いする自由が無くなるわけですが、
災害時、組織的にうまく対応できれば、そのほうがよいのでしょう。
でも、神戸や東北のような経験は、もうしたくない。
(この地震国で、それは望むべきではないのでしょう)

書いてみると長くなってしまった。
失礼しました。
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写真は、2011年4月13日の釜石市、あまり本文には関係ありません・・・
あのきれいな海の写真を撮っておけばよかった。
(当時、なぜかそういう気になれなかった)
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by ti-ao | 2013-08-28 00:38 | 地震のこと | Trackback | Comments(0)
2013年 08月 24日

なつそら・うみいろ~高槻300歳町家にて~

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この夏は暑い。
昨日、ほんとうに久しぶりに雨音を聞いた。

あまりに暑いので、町家図鑑トコトコは控えてるけど、
まったく歩いていないわけでもなく、
暑中、いくつかの出会いと再会がありました。

町家では、そろそろ鈴虫の声がたのしみです。

にしても、おもしろいのは空の色。
光線が反射しまくって、
どこかの海の色を見せてくれる。
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by ti-ao | 2013-08-24 15:03 | マチヤ☆テラス(活動日記) | Trackback | Comments(0)
2013年 08月 24日

メイシ 2013

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初心に帰る
独立したころのデザインに戻してみる

製図板、今はテーブル。
この上で図面を描くこともなくなったなぁ。

(ふふん)
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by ti-ao | 2013-08-24 00:02 | 風景カフェ | Trackback | Comments(0)
2013年 08月 23日

塩屋トコトコのスケッチ

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ほんまになついあつ~
みなさん、お元気ですか。

塩屋トコトコの文章に添えるスケッチ。
以前は仕事でもこういうのよく描いたなぁ。
このごろめっきり機会が減った。
手作業とか手描きとか。

お盆にぼちぼち仕事しながら、
ちょこっとこういう遊び(ん?)してました。

内容の説明は、この前の日記で長~々と書いたから、
もう、やめときますね(苦笑)
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by ti-ao | 2013-08-23 22:47 | しばらく旅に出ますにっき | Trackback | Comments(0)
2013年 08月 11日

塩屋トコトコ3~再び海~

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川が海になる。

海が近いまちには、そういう場所もある。
内陸の民にとっては、珍しい。

子供たちが堤防に座って足をぶらぶらしながらおしゃべり。

そのすぐ近くに洋館がある。
旧ジョネス邸。
海をのぞむ古いお屋敷。
6月に訪れた時には猛烈な雨だった。
どうやらまだ残ってはいる。
存廃の行方が気にかかる。
(機会があればお話しします)

まさに、海。
夏の海は、おこったり、わらったり、忙しい。
そんなことにはお構いなく、
砂浜には大勢の人たち。


帰る頃にはすっかり夜。
明石の大橋は光っている。
夜風が涼しい。
電車の音しかしない。

その電車に乗り込んで、自分のまちに向かう。

(Tさん、ご案内ありがとうございました)
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by ti-ao | 2013-08-11 12:56 | しばらく旅に出ますにっき | Trackback | Comments(0)
2013年 08月 11日

塩屋トコトコ2~森が消えた~

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土地の神さまがいてはるところが、
どんどん消えていく。

Tさんにご案内いただいたのは、
山の手、南向き斜面の住宅地。
やはり有名な洋館がある。
ジェームスさんというお名前が、
山の名前にもなっている?
ある種のブランドかな。

やはり坂道。
曲がったりくねったり。
南向きの斜面は、宅地開発が当たり前のように活発。
でも、山の中らしく、こんもりした森もある。
宅地、森、宅地、森、というリズムが、
本来は心地よいのだろう。
(人間の勝手な気持ち)

この、とある道の両側も森だった。
特に左手には池があり、それを囲んでりっぱな森があったという。
それが、宅地開発により、なくなった。
ここに棲んでいたという狸や鹿、水鳥は、
どこへ行っただろうか。
私は調整池を想像していたが、かつての写真を拝見すると、
どうも雰囲気が違う。
お屋敷の森だろうか。
池のほとりにあずまやが見える。

共有スペース(ポケットパークや緑地、通路)を囲む数件の家たち。
仕事的に表現すれば、
コモンを内包する数件単位のコミュニティ形成による戸建て住宅地。
この後背にその森があったらしい。

少し離れた密集型の住宅地との間にも、
その森が介在していた。
ここがすべて宅地化すれば、かなり高密で、
建て迫り感が生じるだろう。

森の喪失は、住環境にとっても、山にとっても、
大きな意味を持つ。

元々は、森というか山の中に宅地ができ、
これらを道で結んでいたと思われる。
いつしか逆転した。
今は、住宅地の間に森などのまとまった緑が残り、
これをかろうじてつないでいる。
さらなる宅地化による森の喪失は、
この緑のつながりを分断し、
まちをつまらなくする、つまり、魅力を低下させる。

住宅地の中に、ひとまとまりの緑がある。
ここの場合は、元々あるのである。
新しく創らなくても。
それは、住まう人や訪れる人に四季の趣を伝える。
まちの豊かさ。潤い。

もちろん、これら緑を宅地にして売れば、
この立地ならよく売れるだろう。
それで成立するものも多いとは思うし、
特に個人(民間)所有による緑地の維持は大変だとも思う。
反面で、個々の宅地開発が、
まちの総体としての質や価値を低下させる。
いまや、まちの有為なすき間となってしまった森を、
計画的に残すことを考えてよい時期ではないかと思う。

緑地の担保は重要だ。
これを忘れてしまえば、
単に息の詰まるまちとなるだけでなく、
心地よさが失われるだけでなく、
住戸数の増加により、例えば、排水も増加して、
さらに公共下水への負荷が増す。
よく言う表現で、山の保水力がなくなる状況になる。
当然、地域の夏の温度も上昇するだろう。
森の喪失は、山の劣化であり、まちの劣化でもある。

さて。
今まで散々開発して、森をつぶしてきた。
みんなそうしてきた。
なんで、後からやろうとしたら、残すべきだと言われるのか、
理不尽ではないか。
そういう考えもわかる。

しかし、残り少ないからこそ、
そういう現状になったからこそ、
今、それらを計画的に残す努力をしないと、
取り返しのつかないことになる。
今は、その切所に立っている。
そういう自覚を持って、まちや山を見てもよい。

指定して残すもの、残して活かすもの。
それによってまちや地域が魅力を増すもの。
これまで、あまりに無造作に潰しすぎた。
経済活動、その利益追求のために、道具にしすぎた。
今、見つめなおしてもいいのではないか。

これは森に限らず、洋館も町家も同じだ。

(池と森の写真はTさんご提供)
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by ti-ao | 2013-08-11 12:50 | しばらく旅に出ますにっき | Trackback | Comments(0)
2013年 08月 11日

塩屋トコトコ1~海が見えた~

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神戸の西の端の方、大阪から行くと、
須磨の海岸の向こう、もう明石の橋が見えてる、
そんなトコにある、塩屋。

駅から見ると、まちの構成がよくわかる。
南(写真右手)には国道、マンション、
そしてその後ろはすぐ海!
北(同左手)には山。
住宅に混じって有名な洋館も点在する。

駅の南側はすぐ国道で、海が近い。
海風が顔に吹き付けてくる。
駅の北側がいわゆる駅前。
なんとも狭くさびれた感じがあり、
それが妙にいい感じ。
(わくわくする)
今は日本全国どこに行っても駅前は同じ風景、
コンビニやら全国展開のお店やら、
あるいは昔の?再開発ビルやらで固められてるイメージやけど、
ここはちょっとちゃう(違う)、と感じる。
東京や外国資本の店がなく、ローカルな個人のお店が並ぶ。
独特の雰囲気。
しかし、ひなびた感じのわりには人通りがある。
人口も、また、外来の訪問者も多そうだ。
地力がある印象。
なんと言っても山の手の住宅地。
かつては外国人居留地。
神戸ではないけど、神戸。
(一応、神戸市垂水区)

ちなみにまちの北方に高速道路があり、
附近には郊外型の大型商業施設などもある。
そのあたりは新興の住宅地だろうか。
この駅前の斜面地や沿岸部とは、別の極を形成して、
お互いに影響しあっている感じかな。

こういうまちは強いのだという気がした。
(無責任推測)

とりあえず歩き出す。
駅の北側は道も狭く、商店も少なく、
そしてすぐに山!
斜面の住宅地へと引き込まれていく。
気が付けば、結構な坂道をどんどん上っている。
ふと振り返ると、海が見えた。
いつの間にかそこそこの高さまで来ていたらしい。
坂のはるか先に、海。

私の地元、高槻には海がない。
ちょっと歩いたら海があるとか、
高台の住宅地から海が見えるとか、
わぁ~(なんかすごいな~)と思ってしまう。
憧れ。

南向きの坂のまち。
曲がったり、上ったり下ったり、
道幅が変わったり、
常に変化する景色。
そして、坂の先には海。


ほどほど歩いたところで引き返す。
待ち合わせの時間。
海が近いまちは、たとえ見えなくても、
風や雰囲気に海を感じる。

間もなく、Tさんと再会。
今日、まちをご案内いただきます。
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by ti-ao | 2013-08-11 12:43 | しばらく旅に出ますにっき | Trackback | Comments(0)
2013年 08月 03日

あかりのおすそ分け~城下町から芥川宿へ~

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マチヤ・テラスの翌日。
コーヒーの差し入れのお礼に、
西国街道・芥川宿へ。

リザルブの珈琲屋さん
本当にありがとうございました。
昨日のキャンドル、ひとつだけですが灯します。
(しかもコーヒー一杯の時間だけ)

派手でなくても、地味につながればいい。
結構よいものだ。

ごちそうさまです。
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by ti-ao | 2013-08-03 07:52 | マチヤ・テラス♪(実施歴) | Trackback | Comments(0)
2013年 08月 03日

マチヤ・テラス 2013年 夏 おまけ~切り絵のキャンドル~

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町家での切り絵作り。
私もつくってみました。

星のつもり、でもなんか、手裏剣?


2013年7月27日(土)マチヤ・テラスのあと

あぁ、もう1週間ですか。
そして、八月。
はやいなぁ。
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by ti-ao | 2013-08-03 07:48 | マチヤ・テラス♪(実施歴) | Trackback | Comments(0)