マチヤ・テラス通信~高槻の町家を照らす~

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2009年 08月 29日

「馬町の牛?」~まちなみ調査の風景・その後~

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このあたり一面は、むかし、田んぼだった。
家々には農耕作業のための牛がいた。
親せきとか不慣れな人が相手だと、
牛がいやがって言うことを聞かないこともあり、
ある時、田んぼから逃げ出してしまった。
「牛が逃げた!」
その人があわてて家人に知らせに走ると、
牛はちゃんと家に帰っていた。
「お先にだモ~」

だとさ(笑)
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馬町の地蔵盆、二日目の宵。
三日月を見ながら、地元の方のお話。

さつまいもを焼いたか蒸かしたか、
スライスしたものが振舞われる。
地元の方が無農薬で育てたおいも、
お供えして、最後にみなさんでいただくのだと言う。
軽く塩味がきいていて素朴な味わい。
すごくおいしかったです。

こうして、地蔵盆の夜は更けていきました。

翌朝は、早くからお地蔵さまを元の場所にお連れして、後片付け。
これは結構大変だ。
でも、もうずっと、江戸時代からお続けになっているのですね。
普通の市民のみなさんが。(私たちと同じ)
すごい。
地蔵盆も町家も、城もヴァイオリンも、
こういう人たちとお気持ちがあってこそ、
時を越えて伝わるのでしょう。

・・・

みなさん、ありがとうございました。

(写真は「まちなみ調査」と「地蔵盆初日」のものです)
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by ti-ao | 2009-08-29 21:17 | まちなみ調査+マチヤ実測 | Trackback | Comments(5)
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Commented by ti-ao at 2009-08-29 21:24
そう言えば、私が子供のころには、淀川まで行けば牛がいました。
河原は広く、ちょっとした草原。
あのあたりでは、まだ飼われていたのでしょうね。
Commented by 風の谷 at 2009-08-29 22:04 x
はじめまして。

私が小さかった頃にはうちに牛がいたらしいです。
私には記憶はないですが。
大阪・吹田で45年ぐらい前の話です。

土間とかまどと井戸の記憶がかすかに残ってます。
Commented by ti-ao at 2009-08-30 06:43
風の谷さま
はじめまして。コメントありがとうございます!

やはり牛とか結構身近な生き物だったんですね。
昔の暮らしの記憶は、ラクではなかったはずですが、
なぜかあたたかなイメージをもたらしてくれます。

吹田も結構いいところが残っていますね。
また歩きたいです。

(ちなみに、草屋根の家の建築家先生は大学の先輩です♪)
Commented by 風の谷 at 2009-08-30 21:56 x
吹田は、大阪万博を境に激変しました。
大阪万博以前は、吹田の中でも私の生まれ育った地域は特にのんびりとした「農村」でした。
歳をとってきて郷愁が強くなってきたせいかもしれませんが、あの頃の「豊かさ」を思い出すことが多くなりました。

>草屋根の家の建築家先生は大学の先輩です

あらら、世間は狭いんですねぇ。
でも、「先輩」ってことはti-aoさんは前田さんより年下!?
ブログの文面からてっきり私と同年代か上だと思ってました(笑)
本当に若い世代の人たちが町家に興味を持たれているんですね!
Commented by ti-ao at 2009-08-30 23:37
万博は激変の象徴でしょうか。
この、ほんの数十年でいかに世の中が変わったか、
子供のころのことをふと思い出した折など、自ら驚きます。
昔は、地域や人の心にも、豊かさや広さがあったのでしょうね。

(笑)
その前田先輩ご自身も、「岩崎(私)の方が年上に見える」と言い張っていらっしゃいます。

いろんな世代のみなさんが、町家やまちなみに興味を持っているようです。
そんなみなさんがつながっていけたらいいなと思います。
年齢不詳の私ですが、これからもよろしくお願いします。


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