マチヤ・テラス通信~高槻の町家を照らす~

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2014年 03月 07日

建築物の応急危険度判定の話など

昨日、応急危険度判定士のお話をしたので、
少しそれに絡んだお話を。

地震や津波などの災害で建物が被害を受けた場合、
特に、今回は住宅を想定してお話します。

被害を受けた場合(かつ、家の人が申し込んだ場合)、
私たちのような応急危険度判定士が判定に伺います。
しかし、この判定は純粋に建物の危険性のチェックをするので、
役所の罹災証明の調査とはまったく別です。
過去の活動でも、よく家の人から質問されました。
役所の罹災証明の調査は、役所のスタッフが行います。
さらに、保険会社の査定調査も当然、まったく別です。

これらの調査は各々、目的が異なるため、
見るべき点も立場も異なります。
しかし、災害で被害に遭われた家の人のお立場から考えると、
これらをなんとか集約したほうがよいのではないかと思ってしまいます。
少なくとも、役所の罹災証明と応急危険度判定はリンクできると思う。
いや、むしろしたほうがよいと思えますが、いかがでしょうか。
被災して、家にも住めないような状況の方のために、
一刻も早く判断をお示しして、必要な生活再建になるべく早く着手できるようにする。
似たようなややこしい調査が何通りも押しかけて来て、時間がかかったのでは、
たまったものではないという気がします。
それでなくてもおつらい状況です。
対応は迅速に迅速にというのが基本だと思います。
時間がかかれば、それだけ手当も遅れて、ご負担がきつくなる。
このことを肝に銘じていなければならない。

応急危険度判定。
実際に家を見に行っても、肝心の構造部材の状況が目視できないことが多い。
一体、自分は何のお役に立っているのだろうかと、無力感を覚えます。
一見、大丈夫そうな建築でも、実は構造に重大な損傷が見つかり、
一切立ち入ってはならない重篤な事例を見つけ出し、
誰かを危険から遠ざけることはできるかもしれない。
この判定作業は、そういうフルイにかける作業なのか。
実際に関わった実感です。

過去の判定作業では、1日に5~6件見て回りました。
家の人は心配そうに私たちの作業を見守っていらっしゃいます。
作業後、判定結果をお伝えする時、胸から胃にかけて、
何か黒い重い塊に圧迫される感覚を覚えます。
「このあと、どうすればよいですか?」
という家の人の問いには、できるだけ具体的にお答えしますが、
状況的に、それらがスムースに進まないことが想像され、
本当にお互いがつらい話し合いになります。

特に、先の岩手での判定作業については、
家の解体について公的補助が受けられる期間が限定されていたため、
その判断を急ぐ必要もあり、家の人にとってはとても重要だった。

応急危険度判定は、実はまだ歴史が浅い。
今お話した中にもあるように、まだまだ改善していく余地があります。

ちなみに、建築士には、実務能力向上に向けた学習システムがあります。
岩手から帰って何か月か経った頃、判定作業に従事した建築士は、
このシステムの単位を付与されると聞きました。
実際に判定させていただいたお家のみなさんのお顔が浮かんできて、
とてもじゃないけど、そんなもの受ける気にはなれなかった。
私たち建築士、判定士は、あの家のみなさんのために何ができるのか、
そのことを問い続けていなければならないと思う。

神戸の地震の時、先輩建築士がある家の判定結果をお伝えした途端、
それまで気丈に明るく振舞っていた家の人がお泣きになった。
それでも私たちの身を案じてくださった。
あの笑顔の危うさを知ったことが、いざという時の行動の根底にあります。

今日、岩手でお世話になったあちらの建築士会の大先輩に久しぶりにお電話しました。
お元気そうだった。
そのお話はまた別の機会に。
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by ti-ao | 2014-03-07 15:50 | 地震のこと | Trackback | Comments(0)
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