マチヤ・テラス通信~高槻の町家を照らす~

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2015年 01月 11日

たかつき歴史継承まちづくりについて 04の2

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高槻の城下町にいちばん欠けているのは、城だ。
大阪~京都。大阪城と伏見城。この間に城はない。(城跡はある)
これは、高槻にとって大きなチャンスではないか。


大阪と京都の間を観光客が移動している。外国の人たちも。
この中間の高槻に城があればおもしろいのではないか。

江戸時代、大阪府下では、大坂、岸和田、そして、高槻にしか、
城はなかった。
だから、大阪と京都の間に城がなくても当然だ。
つまり、わが高槻は堂々と城下町を名乗れる数少ないまちなのです。

そして、大阪も岸和田も伏見も、これらの城は昭和に建て直されたもの。
つまり、コンクリートや鉄でできた、現代建築なのです。
昭和に新たに創作されたものであって、
江戸期以前の姿で文化財的に復元されたものでもない。
よって、平成に高槻城をつくっても、さして問題はないはずだ。
50年、いや、30年もすれば、まちになじみ、歴史のしっぽの城となるだろう。
城下町高槻の歴史を継承する、これからの城。
高槻らしさ、高槻の魅力のひとつ足り得る城。

いかにまちのシンボルをつくり、これを活かすか。
ここを考えて高槻城をつくる。

これまでも城の話はあったが、実現していないと聞きます。
しかし、高槻城をつくる話を、まともに公に話し合ったことがあったのだろうか。
実現しようという意思を持って話し合ったことがあったのでしょうか。
今、それをやってみませんか?
みんなで本気になれば、いいアイデアや手法も見つかると思いませんか?

歴史継承まちづくりについて、話したいなという人がいらっしゃれば、
お声がけください。
また、会合をするならいつがよいでしょうか?
それと、町家めぐりの話し合いも交えて話し合うのはどうでしょうか?
(ご希望の日時があればお知らせください)

2015年1月11日
帰阪して目が覚めたわたくし

仕事の後、ちょっと落ち着いて考え直しました。
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by ti-ao | 2015-01-11 01:22 | 風景カフェ | Trackback | Comments(0)
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