マチヤ・テラス通信~高槻の町家を照らす~

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2015年 02月 02日

1月31日の雪で思い出したこと

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一昨日、1月31日、雪が降っていましたね。
つい、1984年1月31日の雪のことを思い出しました。

配達をはじめて間もなく雪が降り始める。朝5時ごろ。
あっという間。
あたり一面まっしろできれいだった。
雪は汚れた町さえ美しくするんやな。
気が付くと自分の肩や頭にも積もっていた。
誰も踏んでいない雪をひとり踏みながら歩く。
愉快。

新聞が多いうちは重みで雪を踏みしだいて進めたけど、
荷が軽くなるにつれ滑りやすくなってきた。
ちょっとこわい。
1度自転車が滑って転倒した。(自分は立っていました・・・)
しかし、この日だけは配達が少々遅れても苦情の電話は1本もなかった。

大学入試直前のこと。
(奇しくも生まれて初めての大学受験は2月2日だった)
結構たいへんだったはずだけど、当時、必死だったし、
気力がまさっていたからか、とても充実していました。
受験せずに浪人して一年。
新聞屋で働いて学費と生活費を自分でかせぎながら、待っていたこの時。
ようやく受験できるよろこび。
こんなよろこびは今の学生さんにはわからないかもしれませんね。
いや、もしも、わかるという人がいたら、その人もつらい状況にあることになる。
がんばってや。
おっちゃんもこうやって生きのびとるからな。
あきらめんなよ。

その2週間前には、共通一次試験(ふるっ!)当日の朝刊配達中、
急に高熱が出て、マンションの階段から滑り落ちたりして、
配達を終えてアパートに戻ったらもう、膝ががくがく震えていて、
結局、高3の時に続いて受験できなかった、ということもあった。
本来、新聞奨学生は受験当日の配達は休めるのですが、
その日は店の先輩が風邪で欠勤していて私は休めなかった。

そこから気持ちをすぱっと切り替えて、
はじめて臨んだ大学入試は、だから、たのしくて仕方なかった。

私が受かった大学(の学部学科)は本当は、
新聞奨学生としては通えないことになっていたけど、
お店や新聞社や大学の先生や事務の人々、つまり、まわりの大人たちが、
(根負けして?)話し合って通えるようにしてくださった。
本人があきらめていたらこうはならない。
やはり、あきらめてはいけない。

ひとりの貧乏学生が大学に通うまでに、
いったい何人の人が心を砕いてくださったことだろう。
2月2日はそういう感謝の日でもある。

なつかしくてさがしてみたら、案外すぐに見つかりました。
新聞配達の写真。
なかなかすごい積み方でしょう。
今の仕事に通じている気もします(笑)
これがピサの塔の如くぐらっと傾いたまま配達することもありました。

なぜか冬の夜話・・・


長くなりついでに。

解説1
前輪の空気は少し抜いてある。空気がいっぱいだと停車時に前輪が回転して転倒しやすい。
結果走る時には、ペダルがすごく重くなる。

解説2
前かごのでかい塔が朝日新聞、他の山が日経、スポーツ紙、業界紙など。
朝日を本紙、他を小物という。
これだけ積んでいると雨の時は大変。

解説3
これだけ積むと前が見えない。いや、まじです。

解説4
後ろ荷台の折り曲げてある新聞は、ゴムチューブを少し引っ張ると簡単に引き抜ける。
これはある街区の分。
電柱に前かごをもたせかけて転倒しないように停めておき、
20軒ほど足で走って配る。
道や町や家が入り組んでいるところなどはこの方がよい。
直接、各戸のポスト前に乗り付けながら配達すると停止発進停止を頻繁に繰り返すので、
しかも荷が重いので、すごく体に負担が大きい。傷めてしまう。

解説5
そうやって前かごと荷台からまんべんなく新聞を取っていく。
そうすると途中でチューブを締め直すだけで、
どこかで荷台の新聞をかごに積み直す作業をしなくて済む。
雨天時などは積み替えの作業がやりにくい。
また、前と後の荷の重さのバランスがわるいと走りにくい。

解説6
うしろに付けているスリッパ。
木造アパートの各部屋に配達に行く時に、裸足や軍足のままで廊下に上がると、
結構砂埃がひどくて、足の裏がとても荒れる。
角質がいびつに固まり、細かい傷が無数に付く。
新聞屋の職業病らしい。
何のことはない、スリッパ履いておじゃますれば解消。

解説7
新聞自体が厚い日もあるが、チラシが多いと大変。
特に水曜日は住宅関連の広告が多くて、準備から大変だった。
元旦の新聞は別刷りが多いため、ものすごく厚い。
だから2回か3回に分けて配達する。
ポストにもそのまま入らないお宅が多いので、分けて入れる。
工夫工夫の連続です。

解説8
雨の日に、アパートやマンションに配達に入ってる隙に、
自転車転倒!新聞は地面にちらばり、びしょびしょ。
だれでも必ず経験する。
新人は茫然として動けななくなる。
今は1部づつビニール袋に入れる機械があるようですね。
それだって手間暇かかるわけです。

解説9
朝刊配達後、店で朝食。
不配(新聞が配達されていない)電話がかかると、
電話代10円と新聞を持って、すぐにかけつける。
なかなか朝食が食べられない日もあった。
なお、私が不配すると翌日雪になるからやめてくれと言われていた。

解説10
新聞を配っている人を見て、「ナニ新聞」かわかる。

解説11
ポストを見て反射的にどう新聞を折ればよいか、頭の中でやってみている。

解説12
配達する家の情報は、留守で止めたりとか、毎日変わる。
結構、頭使う。
配達も工夫次第でまったく変わる。

解説13
配達は本紙が大体200部、2時間くらいが目安。
配達区域内の順路が決まっている。
時間指定のあるお宅もある。
結構大変です。
順路を逆向きに配達したことがある。
いつもと配達時間が違うので、店に電話がたくさんかかっていた。
でも、脳内をぐるっとストレッチする感じで気持ちよかった。

いったい誰が読むねん(笑)
誰か新聞配達する人のために。

不思議とね、忘れへん。あの時、自分の心身の限界も知ったし。
そして、案外、大人って必死な若者には良くしてくれることも知った。

思い出した。

解説14
新聞屋は道のデコボコや微妙な上り下りに敏感になる。
すべてが足腰にこたえる・・・
自転車の安定に影響する。

解説15
新聞屋はふつうの人が知らない抜け道とかをよく知っている。
案外、まちの人々の情報も知っている。

解説16
「社会勉強のために~」とかって入ってきた子は翌日来なくなる。
ゼッタイこれやらんと喰われへん、学校行かれへん、入学金返すまでやめられへん、
みたいな必死な人しか残らない。

解説17
腕力ではないらしい。関学のアメフット部の兄ちゃんがバイトで来たけど、
毎朝、自転車のハンドルぶるぶる震えながら「出ま~す」ゆうて配達に行ってた。

解説18
ボクサーだった兄ちゃんがバイトしてたことがあった。
いつも下向いてて誰とも話さなかった。
いつもあいさつしてたけど当然返事もなかった。
けど、かまわず毎日あいさつしてたら、ある日の夜、仕事終わりに、
「おつかれさま」と小声で、でも、はっきりと私に言って店を出ていった。
翌朝からその人は来なかった。
今、どうしてはるかな。

解説19
新聞屋の私の師匠はちょうど10歳年上だった。
私は慣れてからは非常に正確な配達人になったけど、
それまでが大変で、よく面倒を見てくださった。
新聞屋で働きながら、弁護士を目指してはった。
私の受験後、歴史の教科書は彼のところへ。
どうなさっているのかと、今でもよく思う。

昔は少々雨でぬれた新聞でも我慢してくれたし、
なんか、若い子を叱りながらも見守ってくれてた気がします。
若いころに大人から受けた恩は、自分が大人になったら若い子へ返すものと、
そう言われたこともあったし、そう思ってきたけど、超高齢化社会になって、
いやいや、かつての大人たちにも返さないとあかんのかって、気付き始めました。
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by ti-ao | 2015-02-02 17:33 | 風景カフェ | Trackback | Comments(0)
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