人気ブログランキング |

風景カフェ(マチヤ・テラス通信)

fukei.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:大阪・三大城下町日記( 47 )


2019年 06月 17日

続・岸和田で考えた町家の行く末など

d0129713_17303689.jpg
d0129713_17302913.jpg
d0129713_17302026.jpg

昨日お話した岸和田で売りに出ていた町家。
すでに地元の方が買い取って、(おそらく)町家として残して行く方向、
ということです。
すばらしい!
さすが岸和田(の、みなさん)です。

高槻だとこうはいかない。
やはり実感したのは、高槻の町家(土地)の高さ。
個人では買えないような、おそろしい金額になります。
気持ちや技術ももちろん必要ですが、やはり金がかかる。
今回の岸和田の事例と比べても取得に軽く何倍かはかかります。

ともあれ、岸和田の町家が一軒助かったのは、よかったです。
また間取り調査だけでもさせていただくことになることも覚悟していました。
そうならずに済みました。
あとは静かに見守ることにします。

久しぶりに本町のまちづくりを考える会(岸和田)の方とも電話でお話しました。
お元気そうでよかったです。
ありがとうございました。

(写真は売却される町家とは関係ありません)




by ti-ao | 2019-06-17 17:31 | 大阪・三大城下町日記 | Trackback | Comments(0)
2019年 06月 16日

久しぶりの岸和田で考えた町家の行く末など

d0129713_19052488.jpg
d0129713_19053361.jpg
d0129713_19054270.jpg
d0129713_19054912.jpg

週末、大阪府ヘリテージマネージャー協議会の総会で岸和田へ。
講演をさぼって、まちを歩きました(不良ヘリマネ)
間もなく大阪北部地震からまる一年ですが、
ここ泉州は昨秋の台風による被害の多かったところです。
ずっと気になっていました。

お城もお寺も家々も、あちらこちら屋根が壊れている印象です。
むかし堀があったというあたり、細道の土塀は無事。
ちゃんと人の手が入り、保たれているようです。
岸和田は好きなまちです。
無事に修理されることを祈ります。

売りに出ていた町家。どうにかならないものか。(写真は関係ありません)
地元高槻でも、売却直前になんとか間取り調査だけは実施できた経験はありますが、
町家が売却後に撤去されて集合住宅などになるのを、相変わらずよく目にします。
 町家の土地は広い→不動産の取得費が高額になる(*家屋の評価額は低い)
 →集合住宅を建てて売ることで利益を得ようとする(でないと採算が合わない)
大雑把にはこういう感じではないかと思います。
町家を町家のまま活用していく(もちろん手を入れて)。
これがいちばん余計な費用がかからないはずですが、課題も多く、
やはり消えていく町家が圧倒的に多いのが高槻の現状です。
人々の努力で美しい町並みが保たれている岸和田でさえ、状況は似ているのでしょうか。

空家の増加が問題になっています。
これ以上、住宅の数を増やさないようにすることも必要な対策ではないでしょうか。
一軒の町家が集合住宅になれば、近い将来空家が増加する方向に加担することになる。
町家を町家のまま活かしていくにはどうすればよいのだろうか。

久しぶりの岸和田で、久しぶりに会った方たちといろいろ話しました。
自分たちに何ができるのか、模索が続きます。




by ti-ao | 2019-06-16 19:06 | 大阪・三大城下町日記 | Trackback | Comments(0)
2019年 05月 18日

大阪・寺田町(GADGETさん)から四天王寺へ

d0129713_17541130.jpg
d0129713_17541882.jpg
d0129713_17542737.jpg
d0129713_17543522.jpg



とてもおもしろいお店、GADGET。
http://gadget-1999.com/
寺田町にある洋もの雑貨販売+カフェ。
5月連休後半に知人といっしょに行ってみました。
ちょうど一年ぶり。

やはり話が面白く、珈琲もおいしく、つい長居してしまいました。
間隔をあけてまだ3回目ですが、すでになつかしい感じも。
大阪三大城下町マップも置いていただいています。
ありがとうございます。

店を出て、ちょっとまち歩き。

難波宮朱雀門に通じていたという道がすぐそばにあるとマスターに聞き、
しばらく歩いて、西へ変針。
ほどなくビルの谷間に四天王寺の塔が見えました。
こういう眺めもおもしろい。
東の門からははじめて入りました。

西へ折れず、まっすぐに北上していれば真田山、難波宮、大阪城へと続くようです。
そうなのか。
おなじみの場所との位置関係を再認識しました。
知っている場所と場所の関係性って、意外だったりしませんか?

久しぶりによい気分転換になりました。
お店のみなさん、同行してくれた方、ありがとうございました。



by ti-ao | 2019-05-18 17:55 | 大阪・三大城下町日記 | Trackback | Comments(0)
2018年 05月 08日

白いねこはいなかったけど~四天王寺あたり~

d0129713_22444547.jpg
d0129713_22445586.jpg
d0129713_22450416.jpg


そのあと四天王寺へ。
寺田町からだと歩いてすぐだった。
塔は改修中。
上の相輪だけがひょっこりのぞいていておもしろい。
(もしかすると相輪を拝めるようにとのご配慮だろうか)

愛染さん。豊臣期の多宝塔はやはり力強く優美。

大江神社。あの日の白い猫はいなかったけど、
帰って写真を見たら、七色の光が写っていました。

期せずして、大阪三大城下町マップづくりの取材コースを再現。
よい天気で、人もわりと少なく、歩くにはちょうどよい感じでした。
たまには仕事抜きでまち歩きもいいものです。

(2018年5月4日)



by ti-ao | 2018-05-08 22:45 | 大阪・三大城下町日記 | Trackback | Comments(0)
2018年 05月 07日

大阪・寺田町へ(GADGETさんを訪ねて)~ある意味において境界がない空間~

d0129713_22403502.jpg
d0129713_22402807.jpg
d0129713_22404226.jpg

とてもおもしろいお店。
GADGET。
http://gadget-1999.com/
(たぶん)アメリカから買い付けの雑貨・古着の販売+カフェ。
建物の内外装、建具、そして商品、展示など、まったく隙がなく、
どこを見てもおもしろくわくわくする。
濃ゆ~い趣味空間。
店の備品なのか商品なのか判然としないものも(笑)
つまりこの店には、境界がない。(と思った)
隙がないが、空間の密度に適度な疎密があり、
ほっと息を抜くこともできる。
この空間は絶妙のバランスと心配りでできている。

昨春、大阪三大城下町マップを配布していただき、
今回はマップの追加分をお届けしました。
ほんとうは昨年もっとはやくに伺いたかったのですが、
この1年余り、殆ど仕事以外で地元を出ることがなかったため、
ようやく今になっての訪問、そして長話でした。
(ありがとうございました!)

コーヒーは地元の焙煎屋さんでブレンドしてもらったものとか。
そのままで飲みやすい味わいでした。
カウンターのイスは背もたれの天端がフラットでおもしろい。
なんと教会のイスだったものを転用したらしい。
背面に聖書受けがある。

お店の近くに、堀の跡があるという。
大坂夏の陣の時、裸になった大坂城を守るために、
岡山から茶臼山までを結ぶ防衛線として、
豊臣方がおおあわてでつくったのでしょうか。
どうにも界隈の地形がおもしろく気になりました。

連休明け、文化財師匠(昨年、真田丸発掘現場をご案内いただいた方)に
電話でお尋ねしましたが、詳細はよくわかりませんでした。
また歩いてみたいものです。

ところで、マスターも太閤さんの大坂城がすきだとのこと。
私もいちばんすきな城です。
二番目は、太閤さんの指月伏見城(初代の伏見城)かな。
むかし?復元の姿図を見て、こんなに美しい城があったのかと思った。
どちらも現存しませんが。
そんなことを思いながら、連休の大阪を久しぶりに少し歩きました。

(2018年5月4日)
(写真の通りは堀のあったあたりかどうか不明です・・・)



by ti-ao | 2018-05-07 22:42 | 大阪・三大城下町日記 | Trackback | Comments(0)
2017年 12月 10日

みんなでお城になりました~笑顔の高槻城!~

d0129713_22155053.jpg
d0129713_22160109.jpg
d0129713_22161054.jpg

昨日、2017年12月9日(土)昼ごろ。
「子ども夢企画」(第一中学校区地域教育協議会(つばさネットワーク)主催)
しめくくりに、人文字?で高槻城を描きました。

高槻城公儀修築400年の今年、市役所はいろいろ記念企画をなさっています。
市民(特に地元城下町の)もなにかやっておくべきだと思っていました。
今回は主催者の中学生のみなさんを中心として、とてもすばらしい企画を実現してくださいました。

とにかく、地元城下町の子どもたちにとって、よい思いでになってくれたらいいな。
終局的には、これに尽きます。
ちいさなお子さんにとっては、これがなんだったのか、のちにわかってもいいと思います。
高槻が城下町であることを、いつも覚えていてほしい。

みんなでよいお城になれましたね。
笑顔いっぱいの。
これまでに見た中で、いちばんの城でした。

現地では縄張りを少しお手伝い。
全体のプロポーションについてはメリハリに気をつけ、
あとは、てっぺんにツノ(しゃちほこ!)を付け足しました。
(しゃちほこがあるのとないのとではまったく違う、はず)
縄張りのあと、校舎の4階に上がり、全体を見守りました。
はじめのイメージよりも、はるかにすばらしい。
正面からの写真はほかのみなさんにお任せして、
ここではすこし斜めからの写真をご紹介します。

教育協議会のみなさん、先生方、連合自治会のみなさん、
参加してくださったみなさん、
市広報室としろあと歴史館のスタッフのみなさん、
メディア関係のみなさん、
ほんとうにありがとうございました。
そして、がんばってくれた生徒さんたち、ほんとうにありがとう!


公儀修築400年記念の企画、かなり出遅れてのスタートでした。
はじめのスケッチhttp://fukei.exblog.jp/24422595/(城の人文字とかお堀端キャンドルとか)が6月。
それから半年後に人文字が実現して、キャンドルは年越しになります。
大阪三大城下町サミットとか、いつのことになるでしょうか。

これからもよろしくお願いします。



by ti-ao | 2017-12-10 22:21 | 大阪・三大城下町日記 | Trackback | Comments(0)
2017年 11月 08日

高槻城についての講演会

d0129713_21524293.jpg
高槻地区ふれあい文化祭で高槻城についての講演会があります。
日時:2017年11月12日(日)午後1時から
場所:城内公民館(高槻市城内町1 市立第一中学校北隣)
講師:高槻市立しろあと歴史館の学芸員さん
主催:高槻地区連合自治会
(無料)
今年は高槻城築城(公儀修築)400年記念の年です。
6月には二の丸周辺堀の発掘調査現地説明会もありました。
今回の講演会でも興味深いお話が聞けることと思います。
よろしければご参加ください。

実は6月に連合自治会からマチヤ・テラスに、
「今年も文化祭に参加しませんか」とお誘いいただきました。
その話し合いの場で、「今年は築城400年で発掘調査もやっていることだし、
専門の方に講演などしていただけないだろうか」というお話が出ました。
いっしょに活動してくださっているKさんがしろあと歴史館との調整に乗り出し、
今回の企画が実現しました。

こうして地元市民のみなさんが築城400年記念になにかなさるのは、
とてもよいことだと思います。
築城400年の企画はまだこれからです。
いろんなところでいろんなひとがいろんなことをやって、
高槻城築城400年をお祝いすればよいのだと思います。
それが高槻らしさ再発見につながるはず。

連合自治会のみなさまとは今後も城下町のためにご一緒できればと思っています。
どうぞよろしくお願いいたします。
(まずは今年の文化祭がうまくいきますように!)

Kさん、お疲れさまでした。
またよろしくお願いいたします。

写真はちょっと前の二の丸附近の様子。
まるで堀が復活!したかのよう。
左端に城内公民館(今回の会場)が見えています。



by ti-ao | 2017-11-08 21:53 | 大阪・三大城下町日記 | Trackback | Comments(0)
2017年 10月 31日

やっとの秋空ほっとする~高槻城下にて~

d0129713_22094926.jpg
d0129713_22095702.jpg

打合せのはしご。
とことことことこ。
高槻の城下町を歩く。

それにしても、ようやく秋らしい空。
(こうでなくっちゃ)

(2017年10月30日)



by ti-ao | 2017-10-31 22:10 | 大阪・三大城下町日記 | Trackback | Comments(0)
2017年 10月 27日

高槻城の高月~堀の跡にて~

d0129713_23061213.jpg
ひゆひうと雲は流れるが、月は流れず。
水の月と空の月、いっしょに写したかったけど、
いっこうに距離が縮まらない。
高い月。


二の丸前の堀。
発掘調査の後、埋め戻されたけど、長い長い雨で水たまり。
まるで堀が復活したかのようですね。


かつて、堀の向こうは二の丸でした。
さらに向こうには本丸、天守があったのでしょう。


堀端でしばし月を見ながら城を思うのでした。



by ti-ao | 2017-10-27 23:06 | 大阪・三大城下町日記 | Trackback | Comments(0)
2017年 09月 24日

高槻城の今~江戸時代公儀修築から400年の記念企画~

d0129713_23031212.jpg
高槻城二の丸を囲む堀のあたり。
6月に発掘調査の現地説明会がありましたが、
今はほぼ埋め戻されています。
やはり、この下には江戸時代や戦国時代の遺構が眠っていました。


公儀修築から400年の今年、なにかできたらいいですよね。
「高槻城築城(公儀修築)400年企画」。
実は以前から少しづつ話をはじめています。
またお知らせしたいと思います。
よろしくお願いします。



by ti-ao | 2017-09-24 23:03 | 大阪・三大城下町日記 | Trackback | Comments(0)