マチヤ・テラス通信~高槻の町家を照らす~

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カテゴリ:マチヤ☆テラス(活動日記)( 130 )


2018年 02月 16日

内圧と外圧(ナゼ マチヤ・テラスは高槻市を応援するのか)

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城下町や宿場町という地域特性や町家に対する意識を高めるために
私たちがまちに入り、町家調査やキャンドル点灯などの活動に取り組む。
これはまちの内圧を高めることだと思います。
対して、これら地域特性や町家の保全や活用のために
行政が公的に、補助や規制(緩和)などの施策を実施する(と仮定)。
これを外圧とします。
(一般的に外圧はよくないイメージかもしれませんが、ここでは違います)

いつか近い将来、外圧がかかる時、あらかじめ内圧を高めておけば、
相互の効果はよりいっそう大きくなる。
このことを明確に念頭において、初期のころから活動してきました。
(ロゴにもそれがあらわれています)

よって、
高槻市がなにかに取り組む時、ご協力するのは当たり前だと思っています。
(単に役所にこびているだけではない)

マチヤ・テラスが、高槻市主催の景観ワークショップを契機にはじまった
ということも底辺にあります。

以来12年?
はじめにまちにちいさなあかりを灯してから、
(覚悟はしていましたが)ほんとうに気の長い戦をしています。

楠木正成公と石田三成公。
歴史上の人物で、とても尊敬しています。
この活動は楠公の戦い方がお手本です。
関ヶ原のような一時の派手な花火で終わるのではなく、
千早赤坂のような負けない粘り強さで状況が変わるのを待つ。
というような感じです。


ちなみに、今回の高槻市景観賞、
かつての景観ワークショップの同窓会的な側面もあるとおもしろいかもしれません。

(仕事の合間にちょっとおしゃべり・・・でした)


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by ti-ao | 2018-02-16 18:17 | マチヤ☆テラス(活動日記) | Trackback | Comments(0)
2018年 02月 14日

このごろのことなど

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写真は本文とは関係ありません。
(ちゃんとしっかり残っている高槻300歳町家の写真です)

1.町家の動向など
昨年12月、城下町で重要な町家の撤去が決まり、
取り急ぎメンバーと間取り調査に行きました。
物件を取り扱う不動産屋さんにはたらきかけた結果、
ご厚意で実行できたものです。
(ほんとうは町家としての活用の相談をしていたのですが、
 撤去建替えを行う買い手が決まってしまいました。残念)
認められた調査時間が50分で、少々ばたばたしました。
今後も撤去される町家の間取りや写真など、
せめて資料だけでも地元に残したいと思います。
 *追記
  もちろん町家を生きたまま維持、活用することがいちばんです。
  もしもそれがかなわなかった場合、記録だけでも残す、ということです。
  (本来、私たちは調査屋さんでも記録屋さんでもありません)
現在は、富田の重要な町家が1軒撤去作業中です。
こちらは屋根の鍾馗像だけでもどこかに残せないか、
地元の方がはたらきかけています。

2.高槻城築城(公儀修築)400年企画
もう401年ですが、地元のみなさんにはたらきかけています。
かつての堀跡でのキャンドル点灯など、
地元のみなさんが主体で実現できるとすばらしいですよね。

以上、現在の活動の状況でした。
また何かありましたら、ご一緒しましょう。

では、インフルが流行っているようですし、
みなさん、お気をつけて、お元気で。

マチヤ・テラス

(2月13日付記事を内容により、ふたつに分けて再編集しました)


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by ti-ao | 2018-02-14 00:14 | マチヤ☆テラス(活動日記) | Trackback | Comments(0)
2017年 06月 20日

シンプルでシャープな高槻町家~はにたんとのおもいで~

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高槻市広報番組「情報BOXワイド高槻」
はにたんと行く!たかつきDAYS 高槻城と城下町
https://www.youtube.com/watch?v=sm1tHc91Kvw
(youtubeにアクセスします)
今日、バックナンバーとして公開されたようです。


高槻市広報誌 2016年3月号巻頭特集
「もっと高槻町家 旧城下町編」
http://www.city.takatsuki.osaka.jp/kakuka/sougou/eigyouko/gyomuannai/kohotakatsuki/h28/h28_3_1koho.html
(高槻市HPにアクセスします)
その映像化番組です。


高槻町家の簡素で繊細でうつくしい様子。
それが映像化されて、とてもうれしいです。
ちょっと変わったカメラで撮影なさっていて、
町家とまちなみをゆるやかに流れるように見ていただけます。
なんとなく船に乗って見ている感じ。
そう、城下町は市街化の海、波間に光る歴史の海。
この海に漕ぎ出してみませんか?


ところで、見ていて思ったのは、
あの長屋門、厳密には塀付の長屋と門ではないのか?
とか、今さら遅いですが。
まだまだ未熟。調べたり学んだりすることがたくさんあり過ぎる。


今回、はにたんと少し共演させていただきました。
はにたんの空中浮遊機能も間近で目撃!
「いっそ、はにたんになってしまいたい!」
緊張のあまり、ずっと叫んでいました(心の中で!)
高槻市広報室のみなさま、ほんとうにありがとうございました。
町家のみなさん、毎度毎度ありがとうございます。


ともあれ、たとえ曇っていても、風でコントみたいな前髪になっていても、
高槻町家はこの日もうつくしく、そして、鉄線tessenの花も清かでした。


*注記
高槻市のマスコットキャラクターは「はにたん」です。
小さいぬいぐるみを勝手に「はにちゃん」、
でっかい着ぐるみを勝手に「はにやん」と呼称しています。
今回ははにちゃん。
半日いっしょにいるとなんだか情がわいてしまうもの。
元気でね、はにちゃん。

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by ti-ao | 2017-06-20 14:15 | マチヤ☆テラス(活動日記) | Trackback | Comments(0)
2017年 02月 04日

かわいいわすれもの~高槻小学校、城下町のたからものさがしのあと~


1月25日の高槻城下町のたからものさがし(高槻小学校の授業)のあと、
見学受け入れお礼のごあいさつに300歳町家へ。
まるっとちいさな消しゴム、ひとつ。
生徒さんのわすれものらしい。


めずらしい古い町家を見学して、熱心にメモを書いているうちに、
ころころと畳にころがり落ちたのにも気がつかなかったのでしょう。
飾り気のない使い込まれた白い消しゴム。
まじめな生徒さんかもしれませんね。
あとの授業でこまってるかもと、職員室へお届けしておきました。

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あの日はそのあと一度事務所に戻り、カバンの中身を入れ替えて、
そそくさと大阪市内に打合せへ。
忙しかったけど、とても充実していて、よい一日でした。
カバンと言えば、生徒さんたちが肩から下げていたカバンは、
画板としても使えるようになっていた!
私も現地調査のときにほしいな。


おぉ、そう言えば!
高槻市のHP、トップ画面に当日の写真が紹介されていますね。
昨日気がつきました。街フォトというコーナーです。
広報室のみなさま、ありがとうございます。
あれは出丸の武家屋敷前を見学しているところです。

ちなみに今月の高槻市広報誌(2月号)は、
高槻市内のなつかしい雰囲気のまちなみめぐりが巻頭特集。
私にとってもおなじみの場所が紹介されていて、うれしいです。

写真2枚目は、授業の後、生徒さんたちが並べてくれた神粘土の高槻城です。
あれはやっぱり桜ではなく、キノコだと言われました(笑)


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by ti-ao | 2017-02-04 21:01 | マチヤ☆テラス(活動日記) | Trackback | Comments(0)
2016年 12月 04日

マチヤってなに?って聞いてはいけないマチヤに関する授業

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みなさん、しわっす!(おぃ)

先週末、ほんとうの青空の朝。
(2016年12月2日 金曜日)
大阪府立槻の木高校の総合授業に参加させていただきました。
高槻城の本丸には今、高校があります。
その総合授業で地元の地理・歴史を学ぶお手伝い。
ゲスト・ティーチャーと呼ぶらしい。G.T.I.ですね。
本丸での授業ということで、気合が入りました。

2時間分お時間をいただいたので、
まず1時間は城内出丸のお武家屋敷と城下町の郷宿300歳町家を見学、
次の1時間は図書館での授業と感想まとめ、
という感じになりました。

なんといっても、お城の中の学校の生徒さん。
やはり高槻城や城下町を身近に感じ、意識してほしい。

高槻は城があり、それによって城下町ができた。
だから、まちと家にも関連があります。
つまり、城があったがゆえの家(武家屋敷と郷宿)がある。
家を見れば、まちを知ることになる。
まちを見れば、家を知ることになる。
そして、そこには必ず人がいる。

歩いて見て考えて。
自分で感じてほしいな。
私はその手助けをするだけ。

そういう授業になっていたらうれしいです。

生徒さんたちは、すなおで、見ていてこっちまで清々しくなりました。
感じたことや気付いたこと、城下町や町家を未来の子どもたちに伝えるためのアイデア、
いろいろとまじめにたくさん書いてくれました。
若い人たちの疑問や感想って、おもしろい。はっとする。
自分が忘れていたものだから。
若い感性に触れて、ほんとうに元気をもらいました。
あったかい。
みなさん、ありがとうございました。
このようなよい機会をくださった先生、ほんとうにありがとうございました。

そして、朝早くからご対応くださったお武家屋敷のみなさん、
300歳町家のみなさん、今回もほんとうにありがとうございました。

今までは自分たちがまちのナゾを解くのに必死だった。
しかし、これからは自分たちの知り得たことを、
できる限り、自分よりも若い人たちに伝えていく。
そう決めた、10周年のマチヤ・テラス。
明らかな方針です。


ちなみに、今日、富田町家調査のほうも、ヤマ場を超えました。
あと少しや。がんばろ。

では、また。
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by ti-ao | 2016-12-04 22:40 | マチヤ☆テラス(活動日記) | Trackback | Comments(0)
2016年 09月 26日

マチヤ・テラスの乱~平成二十八年夏~

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この夏、あることに挑戦しました。
ひとり相撲で小さな乱を起こし、あっさり負けたようなものでした。

負けてつよくならなければ、一か八か(やったんか!?)やってみた意味がない。
一過性の花火では終わらせない。これまでも、必ず先につなげて活動してきました。
ここからが勝負。

今回の乱ではっきりしたことがあります。

ひとつは、自分が中心や先頭にいては勝てないとわかっていて、
それでもあえて仕掛けましたが、まわりの人たちがよく見えたということ。
おそらくこれから中心になってくださるであろうみなさん。
これは10年前にはありえなかったことです。
自分やマチヤ・テラスが中心にいなくてもよい、新しいカタチ。
ようやくそれが見えはじめている。

もうひとつは、自分より若い人たちに、自分の知り得たことを伝える、
これこそが今からの至上の使命だということ。

今年は私が負けたに過ぎない。
マチヤ・ルネサンスが負けたわけではない。

高槻町家、城下町、宿場町。
これらを生きたまま未来の子どもたちに伝える。
そのために今なすべきことを確認した、今年の夏の乱でした。

ご協力くださったみなさん、ありがとうございました。
そして、これからもよろしくお願いいたします。
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by ti-ao | 2016-09-26 21:01 | マチヤ☆テラス(活動日記) | Trackback | Comments(0)
2016年 06月 24日

マチヤ・テラス初心

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あと少しで活動をはじめて、まる10年になります。
当時は町家住民ではない市民を中心とした活動でした。
今は、町家のみなさんと直接お話する中で、
何かが見えてくるような活動に変わっています。
高槻町家への人々の認識も変わっています。
町家のことが、まちのみなさんのことになってきている。
高槻町家ルネサンス。

あのころ。
マチヤおばあちゃんへの文集の中で書いたことば。
9年前の彼が言ってた「どこに」
そこに今、わたしはいるだろうか。

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蛇足:
そう、300歳の町家の100歳のおばあちゃんへのことば。
今日は間違えんかったぞ!(えらない!)


(キャンドルの写真は今年3月の撮影です)
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by ti-ao | 2016-06-24 00:27 | マチヤ☆テラス(活動日記) | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 20日

自戒の日々

わたしたちの活動は自己満足に終わる危険性を常にはらんでいます。
(いや、自己満足が絶対にあかんとは言いませんが)
いかにして人の役に立てるか、地域に貢献できるか。
そこに持って行くか。
ここを真剣に考え、実際に動かなければ、
きっと、まともな答えは得られないのだと考えています。

また、人としては当然のことでしょうが、
ご恩は忘れるべきではないし、
信頼して期待してくださるなら、お応えしたいし、
約束は果たしたい。
こういうことができなくて、果たして地域に貢献する、
などということがかなうものだろうか。

まぁ、他所のことはいい。
こっちはこっちでやるべきことをやりましょう。
ヒトノフリミテワガフリナオセ
ですね。


ちなみに、うちの活動には、マチヤ・テラス法というものがあります。
本来、強固な組織の概念を持たないため、規約もありませんでしたが、
長年、活動しているとどうしてもやむを得ず、それに近いものを持っています。
内容的には、ハムラビ法典以来の厳格な内容と畏れられています(笑)

いやいや、週末の私の戯言よりも、
ひとつ前の記事、町家での朗読会のほうを、よろしくお願いいたします!
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by ti-ao | 2016-05-20 23:36 | マチヤ☆テラス(活動日記) | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 16日

高槻城下町、ひかりへ向かって

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活動を始めて、9年あまり。
かつて果たせなかったことも、今なら。
そういうこともあるのだと思います。

高槻城下町ルネサンス、町家の存在価値を高める、
そのための方策。

すこしづつ、すこしづつ。
確実に。

先週、300歳町家に帰港したら、まばゆくて、
あまりの美しさに笑ってしまった。
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by ti-ao | 2016-05-16 23:10 | マチヤ☆テラス(活動日記) | Trackback | Comments(1)
2016年 05月 04日

高槻ジャズストの思い出~ここは城の二の丸じゃ!~追記あり

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通称、プール跡地。
かつて、ここには市民プールがあったから、そう呼んでいます。
高槻ジャズストリートでは、イベント全体の本部テントが置かれます。
写真、紅白のテントがそうですね。
毎年、ボランティアで参加する前には必ずここに来て、記名します。
エコ藩時代、各エコブースのごみを終了時に運び込むのも、ここでした。
奥にかすかに見えているのが、市民グランド。
ジャズストの有力な屋外会場のうちのひとつ。
お客さんでごった返しており、歩くのもたいへんなにぎわいです。

ここでこのようにジャズストが行われるのも、今年が最後。
間もなく、市の文化施設建設のため、埋蔵文化財発掘調査を手始めに、
数年かけて公園の再整備工事に入ると聞きます。

歴史。
ジャズストも歴史ですが、その前にも歴史がある。
江戸時代、この広場は高槻城の二の丸でした。
当時は四周が堀で囲われており、今の広場外周の道路は、
おそらく堀の線形をなぞらえていると思われます。
こうして見ると、城郭内は公園などとして明治維新後も担保されてきた、
そのことがよくわかります。

公園の再整備後も、こうした城の形は残してほしいものです。
そして、ジャズストがまたここへ帰って来れることを願っています。


追記:
1枚目のまん中に見える森は、由緒ある野見神社です。
森の奥に見えるのが今の市民会館(現代劇場)、右手は商工会議所。
戦国時代、高山右近公のころの教会は、どのあたりだったでしょうか。

そういや、プール跡地とは言うが、二の丸跡地とは言わんな。
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by ti-ao | 2016-05-04 23:04 | マチヤ☆テラス(活動日記) | Trackback | Comments(0)